代数学の基本定理

代数学の基本定理(だいすうがくのきほんていり、: fundamental theorem of algebra)とは、「次数が 1 以上の任意の複素係数一変数多項式には複素が存在する」という定理である。

概要

係数の代数方程式は一般に実数の範囲内に解を有するとは限らないが、係数体に多項式 x2 + 1 i = −1虚数単位)というただ 1 つの数を添加すると、どの代数方程式でもその拡大体上で解ける。

そうして得られた複素数を係数とする代数方程式の解も、複素数の範囲に解を持つ。これが代数学の基本定理の主張である。

この定理の主張は、因数定理を帰納的に用いることより

複素係数の任意の n 次多項式
a n x n + a n 1 x n 1 + + a 1 x + a 0 ( a n , , a 0 C , a n 0 ) {\displaystyle a_{n}x^{n}+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots +a_{1}x+a_{0}\quad (a_{n},\cdots ,a_{0}\in \mathbb {C} ,\;a_{n}\neq 0)}
は複素根を重複を込めてちょうど n 個持つ

という事実を導くので、このことを指して代数学の基本定理と呼ぶこともある。つまり、任意の複素係数多項式は、複素係数の一次式の冪積に分解できる。

代数学の基本定理は、複素数体が、代数方程式による数の拡大体で最大のものであることを示している。これは、体論の言葉で言えば「複素数体は代数的閉体である」 ということになる。

歴史

17世紀前半にアルベール・ジラール(フランス語版、英語版)らによって主張され、18世紀の半ばからジャン・ル・ロン・ダランベールレオンハルト・オイラーフランソワ・ダヴィエ・ド・フォンスネ(英語版)ジョゼフ=ルイ・ラグランジュピエール=シモン・ラプラスらが証明を試み、その手法は洗練されていった。1799年カール・フリードリヒ・ガウスが学位論文でそれまでの証明の不備を指摘し最初の証明を与えた(ただし、現在ではガウスの最初の証明も完全ではなかったことが分かっている[注 1])。後年ガウスはこの定理に3つの異なる証明を与えた。現在ではさらに多くの証明が知られている。

証明

最もよく知られている初等的な証明は、次の通りである。


f ( x ) {\displaystyle f(x)} |x| → ∞ のとき に発散する。

よって、 | x | > C {\displaystyle |x|>C} {\displaystyle \Longrightarrow } f ( x ) > f ( 0 ) {\displaystyle f(x)>f(0)} となるような実数 C {\displaystyle C} を定めることができる。

また、有界(一般にはコンパクト集合)上の連続関数は最小値を持つ(最大値最小値定理)ことから、 f ( x ) {\displaystyle f(x)} は最小値をもつ。それを c {\displaystyle c} とする。

上記の不等式から c < C {\displaystyle c<C} である。

このとき、 f ( x c ) = c {\displaystyle f(x_{c})=c} となる x c {\displaystyle x_{c}} を置き、 c 0 {\displaystyle c\neq 0} を仮定する。

ある複素数 ϵ {\displaystyle \epsilon } について f ( x c + ϵ ) = | A n ϵ n + A 1 ϵ n 1 + A 2 ϵ n 2 + + A 0 | {\displaystyle f(x_{c}+\epsilon )=|A_{n}\epsilon ^{n}+A_{1}\epsilon ^{n-1}+A_{2}\epsilon ^{n-2}+\cdot \cdot \cdot +A_{0}|} ( A n {\displaystyle A_{n}} ϵ {\displaystyle \epsilon } の係数)を考えると、 A n 0 {\displaystyle A_{n}\neq 0} となる n {\displaystyle n} のうち最小の n {\displaystyle n} k {\displaystyle k} と置くと f ( x c + ϵ ) = | A n ϵ n + A 1 ϵ n 1 + A 2 ϵ n 2 + + A k ϵ k + A 0 | {\displaystyle f(x_{c}+\epsilon )=|A_{n}\epsilon ^{n}+A_{1}\epsilon ^{n-1}+A_{2}\epsilon ^{n-2}+\cdot \cdot \cdot +A_{k}\epsilon ^{k}+A_{0}|} となる。

ここで ϵ = t ( A 0 A k ) 1 k {\displaystyle \epsilon =t(-{\frac {A_{0}}{A_{k}}})^{\frac {1}{k}}} と置くと f ( x c + t ( A 0 A k ) 1 k ) = | A 0 ( 1 t k ) + F ( t ) | {\displaystyle f(x_{c}+t(-{\frac {A_{0}}{A_{k}}})^{\frac {1}{k}})=|A_{0}(1-t^{k})+F(t)|}

( t {\displaystyle t} は正の実数、 F ( t ) {\displaystyle F(t)} A n ϵ n + A 1 ϵ n 1 + A 2 ϵ n 2 + + A k + 1 ϵ k + 1 {\displaystyle A_{n}\epsilon ^{n}+A_{1}\epsilon ^{n-1}+A_{2}\epsilon ^{n-2}+\cdot \cdot \cdot +A_{k+1}\epsilon ^{k+1}} ϵ = t ( A 0 A k ) 1 k {\displaystyle \epsilon =t(-{\frac {A_{0}}{A_{k}}})^{\frac {1}{k}}} を代入した式)

F ( t ) {\displaystyle F(t)} t {\displaystyle t} の次数が t k {\displaystyle t^{k}} より高次の項しかないため、 t {\displaystyle t} が十分小さければ | A 0 ( 1 t k ) + F ( t ) | {\displaystyle |A_{0}(1-t^{k})+F(t)|} の内 F ( t ) {\displaystyle F(t)} を無視できる、すなわち t {\displaystyle t} が十分に小さいとき | A 0 ( 1 t k ) + F ( t ) | < | A 0 | {\displaystyle |A_{0}(1-t^{k})+F(t)|<|A_{0}|} となる。

つまり f ( x c + ϵ ) < f ( x c ) {\displaystyle f(x_{c}+\epsilon )<f(x_{c})} となるが、これは x c {\displaystyle x_{c}} の定義に矛盾。

よって仮定が偽なので c = 0 {\displaystyle c=0} となり、因数定理より、 f ( x ) = ( x x c ) p ( x ) {\displaystyle f(x)=(x-x_{c})p(x)} と置くことができる。この時 x c {\displaystyle x_{c}} f ( x ) {\displaystyle f(x)} の根となっている。

以上の操作を繰り返すことで、 f ( x ) {\displaystyle f(x)} n {\displaystyle n} 個の根を持つことがわかる。

証明終わり

複素解析的な証明

複素解析に基づく証明法としては、リウヴィルの定理を用いる方法と、ルーシェの定理を用いる方法が有名であり、大学教育における初等的な複素解析の教書は代数学の基本定理をこれらの方法で証明するまでの過程を学ぶことを目的としているものが多い。

以下にリウヴィルの定理を用いる証明の概略を示す(ルーシェの定理を用いる証明については、ルーシェの定理#代数学の基本定理の証明を参照)。

最高次係数が 1 の任意の n 次複素数係数多項式を

f ( z ) = z n + a n 1 z n 1 + + a 1 z + a 0 {\displaystyle f(z)=z^{n}+a_{n-1}z^{n-1}+\cdots +a_{1}z+a_{0}}

とする。複素平面上で f(z) は零点を持たないと仮定する。g(z) = 1/f(z) と置けば g(z) は複素平面全体で正則かつ有界であり、リウヴィルの定理から g(z) は定数となり、当然 f(z) も定数となるが、これは f(z) の形と矛盾する。従って、f(z) は複素平面上で少なくとも1つの零点を持つ。

脚注

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注釈

  1. ^ ガウスの最初の証明は幾何学的な前提としてジョルダン曲線定理が暗黙で使われており、後年の観点からは不備がある。

参考文献

  • 彌永昌吉『数の体系』 下、岩波書店〈岩波新書(黄版)43〉、1978年4月。ISBN 4-00-420043-1。 
  • 高木貞治『解析概論』(改訂第3版 軽装版)岩波書店、1983年9月。ISBN 4-00-005171-7。 
  • 高木貞治『代数学講義』(改訂新版)共立出版、1965年11月。ISBN 4-320-01000-0。 
  • Fine, Benjamin、Rosenberger, Gerhard 著、新妻弘・木村哲三 訳『代数学の基本定理』共立出版、2002年2月。ISBN 4-320-01689-0。 

関連文献

関連項目

ラテン語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。
Demonstratio nova theorematis omnem functionem algebraicam rationalem integram unius variabilis in factores reales primi vel secundi gradus resolvi posse
ウィキソースに解析概論の原文があります。
ウィキソースに代数学講義の原文があります。

外部リンク

典拠管理データベース: 国立図書館 ウィキデータを編集
  • ドイツ