富士直時
凡例 富士直時 | |
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時代 | 南北朝時代 |
生誕 | 不詳 |
戒名 | 月宮院殿憲直時慶大居士 |
官位 | 従五位下、中務権大輔 |
氏族 | 富士氏 |
父母 | 父:富士則時 |
子 | 富士資時 |
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富士 直時(ふじ なおとき)は、南北朝時代の富士氏当主。
略歴
富士氏当主として富士郡を支配する立場にあり、康永4年(1345年)の譲状では子である弥一丸に富士郡各地の所領を譲っている[1]。また富士山本宮浅間大社の神職である富士大宮司でもあり、領主および駿河国一宮の神職筆頭としての立場もあった。「富士大宮司系図」によると、直時の従兄弟として村山修験の修験者とされる頼尊がいるという[2]。
参考資料
- 富士宮市教育委員会『元富士大宮司館跡』、2000年
脚注・出典