小疇伝
小疇 伝(こあぜ つたう 1874年4月3日 - 1912年1月29日)は、日本の裁判官、刑法学者。
経歴
- 1874年4月3日 兵庫県姫路市に生まれる
- 1898年 東京帝国大学独法科を卒業、直ちに司法官となる
- 1900年 検事となる
- 1903年 控訴院検事となる
- 1910年 大審院判事となる
- 1912年1月29日 腎臓炎のため逝去(享年38)
著書
外部リンク
- 近代日本人の肖像 小疇伝
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