美園村

みそのむら
美園村
野田のさぎ山(昭和30年代)
野田のさぎ山(昭和30年代)
廃止日 1962年5月1日
廃止理由 分割・編入合併
美園村(北部)→ 浦和市
美園村(南部)→ 川口市
現在の自治体 さいたま市川口市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北足立郡
市町村コード 当時存在せず
面積 19.53 km2.
総人口 9,306
(国勢調査、1960年10月1日)
隣接自治体 埼玉県:川口市、浦和市、岩槻市
 草加市越谷市
美園村役場
所在地 埼玉県北足立郡美園村大字大門[1]
座標 北緯35度53分22秒 東経139度43分04秒 / 北緯35.88958度 東経139.71786度 / 35.88958; 139.71786座標: 北緯35度53分22秒 東経139度43分04秒 / 北緯35.88958度 東経139.71786度 / 35.88958; 139.71786
美園村の県内位置図
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美園村(みそのむら)は、埼玉県南部、北足立郡に存在した1962年5月1日浦和市および川口市に分村合併し消滅した。現在の行政区画ではさいたま市緑区および川口市にあたる。

歴史

  • 1889年明治22年)
    • 4月1日 - 町村制施行に伴い、戸塚村・西立野村・長蔵新田・久左衛門新田・藤兵衛新田が合併し、戸塚村となる[2]
    • 4月1日 - 町村制施行に伴い、大門町・間宮村・差間村・北原村・下野田村・玄蕃新田が合併し、大門村となる[3][4]
    • 4月1日 - 町村制施行に伴い、上野田村・中野田村・大崎村・南部領辻村・代山村・寺山村・高畑村および染谷村の一部が合併し、野田村となる[3][5]
  • 1956年昭和31年)4月1日 - 戸塚村・大門村・野田村が合併し、美園村となる[3]
  • 1962年(昭和37年)5月1日 - 美園村のうち、旧大門村のうち差間・行衛(大字北原の小字)を除く区域と旧野田村が浦和市に、旧戸塚村と旧大門村のうち差間・行衛が川口市にそれぞれ編入され[3][1]、消滅する。以後浦和市側は「美園地区」、川口市側は「戸塚地区」と称される。

【以下は旧美園村域の歴史】

  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 国鉄武蔵野線東川口駅(計画時の仮称は「美園駅」)開業。
  • 2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市・大宮市・与野市が合併し、さいたま市が発足。
  • 2003年(平成15年)4月1日 - さいたま市が政令指定都市に移行し、同市緑区の一部となる。
  • 2001年(平成13年)3月28日 - 埼玉高速鉄道が開業。終着駅は旧美園村や美園地区にちなんで「浦和美園駅」と命名される。また東川口駅、戸塚安行駅が開業。
  • 2017年(平成29年)2月18日 - 旧美園村域のうち、浦和東部第二地区土地区画整理事業の完了に伴い、上野田・大崎・高畑・下野田・寺山・中野田玄蕃新田南部領辻・大門の各一部から美園一丁目 - 六丁目が成立[6]。なお、同時に成立したさいたま市岩槻区美園東一丁目 - 三丁目は、旧美園村域ではなく旧新和村域である。

脚注

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  1. ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』812頁。
  2. ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』595頁。
  3. ^ a b c d 『わがまち浦和』巻末付録(頁番号なし)。
  4. ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』525頁。
  5. ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』673頁。
  6. ^ “緑区 浦和東部第二地区・埼玉スタジアム2002の町名地番変更について”. さいたま市 (2017年12月24日). 2019年1月12日閲覧。

参考文献

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。 
  • 浦和市総務部市史編さん室『わがまち浦和―地域別案内』浦和市、1982年11月30日。 

関連項目

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