CVCC

ホンダ・シビック用CVCCエンジン(ホンダコレクションホール所蔵)

CVCC(シーブイシーシー、Compound Vortex Controlled Combustion)とは、1972年に発表した本田技研工業の低公害エンジンである。複合渦流調速燃焼方式の略称。

概要

CVCCは、リーンバーン(希薄燃焼)させることで排出ガス中の有害物質を少なくする技術である。混合気をリーン(希薄)にしていくと、排出ガス中の有害物質を低減できるが、逆に失火しやすくなり、生ガスによる有害物質が増えてしまう。そこで、副燃焼室専用の吸気バルブ、専用のインテークマニホールド、専用のキャブレターを持ち、副燃焼室に通常よりリッチ(濃い)な混合気を導入し、点火プラグで確実に着火させ、トーチ孔からの燃焼火炎で主燃焼室のリーン混合気を燃焼させる。これにより排出ガス中の有害物質が低減される[1]

この副室式燃焼室は、燃料供給や着火方法こそ異なるが、予燃焼室式や渦流室式といった熟成されたディーゼルエンジン技術の応用である。CVCCについては、旧ソ連の副室式エンジンに関する技術論文に基づいている。

排出ガス対策の種類としては、エンジン本体の改良で有害成分を少なくする技術を「前処理」、排出ガスを触媒などで低減する技術を「後処理」と呼んでいる。これは当時、酸化触媒ではエアポンプやリードバルブによる酸素の供給が必要だったり、経年変化により処理能力が落ちるため、内部のペレットを定期的に交換する必要があるなど、課題が多かった。そのため、ホンダでは前処理方式を選択した。当初は触媒を使用しなかったので、有鉛ガソリンの使用も可能だった。

開発過程

元々の研究開始は、1966年本田技術研究所内に「大気汚染対策研究室」、通称「AP研」(APはAir Pollutionの略)が設置されたことに遡る[2]。同年に行われた日本自動車工業会によるアメリカ視察旅行に参加したホンダの技術者が、当時の米国での排出ガス研究の状況を目の当たりにし、かねてから大気汚染研究の必要性を訴えていたメンバーと共に、当時の所長だった杉浦英男に研究室の設置を要望し認められたのがきっかけとなった[2]

元々本田宗一郎は、研究開始当初から「既存のレシプロエンジンの改造レベルで対応できる技術」の開発を求めていたこと、また有害物質である一酸化炭素(CO)・炭化水素(HC)・窒素酸化物(NOx)の3つを同時に低減するには希薄燃焼しかないという考えから、東京大学教授の浅沼強の指導のもとさまざまな研究を行っていた[3]。そのアイデアの一つとして副燃焼室式の採用が持ち上がり、既にホンダでは汎用エンジンとして副室式ディーゼルエンジンを製品化していたことから、まずはそれをガソリンエンジンに改造しての基礎データ取りから始まり、後にN600用エンジンを単気筒化した改造エンジンでの実験へと移った。また当時ホンダには実験用に使える自社製の水冷エンジンがなかったため、日産など他メーカーのエンジンを使っての研究も行われた[4]

1971年2月に開発成功が公表されるが、実はこの段階では燃料供給方式がまだ決まっていなかった[5]。また特許申請も途中だったため、「CVCC」の略称も「名前から構造の一部でも分かるようなことがあってはならない」との理由から決められた[5]。その後シビックへ搭載した上でマスキー法をクリアするためには2リッターのエンジンが必要になることが判明したため、そのための実用エンジン開発を急ピッチで進め、1972年10月の正式発表に至った。

CVCCに対する評価

当時世界一厳しく、パスすることは不可能とまで言われた米国マスキー法という排出ガス規制法(1970年12月発効)の規制値を、最初にクリアしたエンジンである。その功績により「CIVIC CVCC」はSAE(米国自動車技術者協会)の月刊機関誌(『AUTOMOTIVE ENGINEERING』)上で20世紀優秀技術車(Best Engineered Car)の1970年代優秀技術車に選ばれた[6]。当時社長であった本田宗一郎はCVCC開発の報を聞き大幅な売上が見込めると大喜びしたが「排気ガス問題を減らし、少しでも空気が綺麗になるように願って開発したものであって、社の売上に貢献するためではない」と開発陣からの主張を聞き、本田は反省した[7]

社団法人自動車技術会 (JSAE)の「日本の自動車技術180選」の「ガソリンエンジン」部門で、「マスキー法を後処理(エアポンプや触媒等)なしでクリアできる最初のエンジンとしてアメリカ合衆国環境保護庁 (EPA) より認められた複合渦流調速燃焼方式」として選出されている。

2007年に、日本機械学会が創立110年を記念し制定した機械遺産(6号)に、「日本の排出ガス低減技術を世界のトップに引上げた歴史的な機械」として認定されている。

その後、触媒技術やエンジン本体の燃焼解析技術の進歩により、CVCC以外のエンジンでも排気ガス浄化が可能になり、ホンダからCVCCの技術を導入し、研究や試験的発売もしていたメーカーは採用を止め[8][9]、世界的な流れには成りえなかった。長く採用していたホンダ自体も、排気ガス規制が強化されるにつれCVCCに触媒を追加し、さらにその後にはCVCCの採用を止めている。

歴史

  • 1973年12月12日に、CVCCシビックに搭載し発売。
  • 1980年4月25日に、CVCC-IIアコードおよびプレリュードに搭載し発表。副燃焼室の位置を中央よりに変更、トーチ孔を多孔化したセンタートーチ燃焼室と、希薄混合気とEGR(排気ガス再循環)の比率を走行条件に合わせたラピッドレスポンスコントロールシステムを採用、燃費効率向上を実現。
  • 1981年10月29日に、新ファンネル型燃焼室を採用し、超ロングストロークで高い燃焼効率を実現したCOMBAXCOMpact Blazing combustion AXiom:高密度速炎燃焼原理)エンジンを、シティに採用。
  • 1982年11月25日に、コンパクトなルーフ型主燃焼室とB・Cトーチ(Branched・Conduitトーチ:分岐トーチ)により高圧縮比9.4を達成したエンジンを、プレリュードに搭載し発売。
※CVCCおよびその派生型エンジンは、1970年代・1980年代のホンダ製の自動車のほとんどに搭載された。

搭載車種とバリエーション

CVCC

  • 初代シビック
    • ED (1,488cc:74.0X86.5) 73PS/5,500rpm 10.2kg·m/3,500rpm('73モデル4ドアGL)
    • ED (1,488cc:74.0X86.5) 63PS/5,500rpm 10.2kg·m/3,000rpm(4ドアGL以外の'73モデル)
  • 2代目シビック初期型
    • EJ (1,335cc:72.0X82.0) 68PS/5,500rpm 10.0kg·m/3,500rpm
    • EM (1,488cc:74.0X86.5) 85PS/5,500rpm 12.3kg·m/3,500rpm(CX)
    • EM (1,488cc:74.0X86.5) 80PS/5,500rpm 12.3kg·m/3,500rpm(CX以外)
  • 初代アコード初期型
    • EF (1,599cc:74.0X93.0) 82PS/5,300rpm 12.3kg·m/3,000rpm
    • EK (1,750cc:77.0X94.0) 90PS/5,300rpm 13.5kg·m/3,000rpm
  • 初代プレリュード初期型
    • EK (1,750cc:77.0X94.0) 90PS/5,300rpm 13.5kg·m/3,000rpm

CVCC-II

  • 初代シティ(COMBAX)
    • ER (1,231cc:66.0X90.0) 67PS/5,500rpm 10.0kg·m/3,500rpm(R MT車)
    • ER (1,231cc:66.0X90.0) 63PS/5,500rpm 10.0kg·m/3,500rpm(R MT車以外)
    • ER Turbo (1,231cc:66.0X90.0) 100PS/5,500rpm 15.0kg·m/3,000rpm(ターボ)
    • ER Turbo (1,231cc:66.0X90.0) 110PS/5,500rpm 16.3kg·m/3,000rpm(ターボII)
  • 2代目シビック後期型
    • EJ (1,335cc:72.0X82.0) 72PS/5,500rpm 11.0kg·m/3,000rpm
    • EM (1,488cc:74.0X86.5) 85PS/5,500rpm 12.3kg·m/3,500rpm(CX)
    • EM (1,488cc:74.0X86.5) 80PS/5,500rpm 12.3kg·m/3,500rpm(CX以外)
  • 3代目シビック/バラードセダン/CR-X
    • EV (1,342cc:74.0X78.0) 80PS/6,000rpm 11.3kg·m/3,500rpm
    • EW (1,488cc:74.0X86.5) 110PS/5,800rpm 13.8kg·m/4,500rpm(CR-X)
    • EW (1,488cc:74.0X86.5) 100PS/5,800rpm 13.2kg·m/4,000rpm(CR-X以外のPGM-FI仕様)
    • EW (1,488cc:74.0X86.5) 90PS/6,000rpm 12.8kg·m/3,500rpm(キャブ仕様:グロス)
  • クイントインテグラ
    • EW (1,488cc:74.0X86.5) 76PS/6,000rpm 11.8kg·m/4,000rpm(キャブ仕様:ネット)
  • クイント
    • EP (1,601cc:77.0X86.0) 90PS/5,300rpm 13.5kg·m/3,500rpm
  • 初代アコード後期型
    • EP (1,601cc:77.0X86.0) 90PS/5,300rpm 13.5kg·m/3,500rpm
    • EK (1,750cc:77.0X94.0) 97PS/5,300rpm 14.3kg·m/3,500rpm
  • 2代目アコード/初代ビガー
    • EK (1,750cc:77.0X94.0) 97PS/5,300rpm 14.3kg·m/3,500rpm
    • ES (1,829cc:80.0X91.0) 110PS/5,800rpm 15.2kg·m/3,500rpm
    • EY (1,598cc:80.0X79.5) 94PS/5,800rpm 13.6kg·m/3,500rpm
  • 初代プレリュード後期型
    • EK (1,750cc:77.0X94.0) 95PS/5,300rpm 14.3kg·m/3,500rpm
      • (最終型は97PSまで進化)
  • 2代目プレリュード
    • ES (1,829cc:80.0X91.0) 125PS/5,800rpm 15.6kg·m/4,000rpm(MT車)
    • ES (1,829cc:80.0X91.0) 120PS/5,800rpm 15.6kg·m/4,000rpm(AT車)

脚注

  1. ^ Honda CIVIC CVCC ファクトブック
  2. ^ a b AP研の発足 - Hondaのチャレンジングスピリット
  3. ^ 希薄燃焼の実現に向けた試行錯誤 - Hondaのチャレンジングスピリット
  4. ^ 副燃焼室付エンジンの開発がスタート - Hondaのチャレンジングスピリット
  5. ^ a b CVCCと命名 - Hondaのチャレンジングスピリット
  6. ^ プレスインフォメーション、ホンダ、2000年3月24日
  7. ^ プロジェクトX 挑戦者たち Vol.4世界を驚かせた一台の車 ― 名社長と闘った若手社員たち ビデオ作品 NHKエンタープライズ ASIN: B00005QWQW
  8. ^ Honda社史・50年史 P104 - P105 (PDF)
  9. ^ 「技術発達のメカニズムと地球環境の及ぼす影響」(山海堂 ISBN 4-381-10048-4)

関連項目

ウィキメディア・コモンズには、ホンダのエンジンに関連するカテゴリがあります。

外部リンク

  • 本田技研工業(オフィシャル)
  • Honda CIVIC CVCC ファクトブック
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