Coinhive事件

Coinhive事件 (コインハイブじけん) は、ウェブサイト暗号通貨 MoneroのマイニングスクリプトであるCoinhiveを設置した者が、サイトの閲覧者に無断でマイニングを行わせたとして検挙された事件である[1]。起訴されたものの、「利用者の意図に反するプログラムではあるが、社会的に許容される範囲内で不正性は認められない。」として無罪が言い渡された[2]

最高裁判所判例
事件名 不正指令電磁的記録保管被告事件
事件番号 令和2年(あ)第457号
2022年(令和4年)1月20日
判例集 刑集 第76巻1号1頁
裁判要旨

1 刑法168条の2第1項にいう「その意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」に当たるか否かの判断方法

2 ウェブサイトの閲覧者の同意を得ることなくその電子計算機を使用して仮想通貨のマイニングを行わせるプログラムコードが不正指令電磁的記録に当たらないとされた事例
第一小法廷
裁判長 山口厚
陪席裁判官 深山卓也 安浪亮介 岡正晶 堺徹
意見
多数意見 全員一致
意見 なし
反対意見 なし
参照法条
刑法168条の2第1項,刑法168条の3
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概要

Coinhiveを設置することは不正マイニングであるとして2019年4月までの時点で神奈川県警察など全国の警察は21人を検挙した[3]。しかし、セキュリティの専門家や法律家からはCoinhiveの設置が罪に問えるのかなどの疑問の声が出ていた[4]。また、この検挙については法の濫用や恣意的な解釈などの非難の声が上がっていた[5]

2018年3月、不正指令電磁的記録に関する罪で検挙されたWebデザイナーの男性に横浜簡易裁判所が罰金10万円の略式命令を出した[6]。男性はこれに対し正式裁判の請求を行ったため、本事件について通常の刑事裁判が実施されることになった。

本事件の主たる争点は、Coinhiveが刑法第168条の2に定める「不正指令電磁的記録(いわゆるコンピュータウイルス)」に該当するか否かである。刑法における不正指令電磁的記録の要件は、コンピュータウイルスと目されるプログラムが以下の2つの性質の双方を同時に具備することである。

  1. ユーザーの意図に沿うべき動作をコンピュータにさせない、または、ユーザーの意図に反する動作をさせること(反意図性)
  2. コンピュータに対する社会一般の信頼を損ない、社会的に許容し得ないほどの不正な性質を有するものであること(不正性)

2019年1月より、公判が横浜地方裁判所で始まり、この事件に懸念を示していた高木浩光が証人として出廷した[7]。2019年3月27日、横浜地方裁判所は不正な指令を与えるプログラムと判断するには合理的な疑いが残り、不正指令電磁的記録に関する罪には該当しないとして、被告人を無罪とした[8][9]。また、横浜地方裁判所は、事前の注意喚起や警告がない中、いきなり刑事罰に問うのは行き過ぎの感を免れないと指摘した。

2019年4月10日、横浜地方検察庁は無罪判決を不服として東京高等裁判所控訴した[3]。2019年4月18日、日本ハッカー協会が、当事件の控訴審の裁判費用を募る寄付募集を行ったところ、1,044名から1,140万円の寄付が集まった[10][11]。2020年2月7日、東京高等裁判所は地裁判決を破棄し、ウイルスに当たると認定し、罰金10万円の逆転有罪とした[12][13]

被告人が有罪判決を不服として上告し、2021年12月9日午後1時に最高裁判所第1小法廷(山口厚裁判長)で弁論が開かれた[14]。弁護人は改めて無罪を主張し、検察は上告棄却を求めた[15]。最高裁は判決期日を2022年1月20日に指定した[16]

無罪判決の確定

2022年1月20日に最高裁判所第1小法廷は、罰金10万円の有罪とした東京高等裁判所の判決を破棄し、無罪を言い渡した[17][18]。判決文では、「利用者の意図に反するプログラムではあるが、社会的に許容される範囲内で不正性は認められない」とされた[2]

Coinhive

Coinhiveはサイトの閲覧者にマイニングを行わせ、マイニングの利益の7割をサイトの運営者が受け取ることができるサービスであり、サイト運営者からはインターネット広告に代わる新たな収益源として注目されていた[19]

一方でユーザーに拒否する権限がなくページを表示した瞬間からマイニングが開始される、デフォルトのコードでは閲覧者のデバイスのCPUを100%使い切るため相当の負担になる[注釈 1]、悪意のあるマルウェア開発者に利用され収益源になっている、など様々な物議をかもしており[20]、一部アンチウィルスソフトでは登場して間もなくからブロックされていた[21]

事件後もサービスは継続されていたが、マイニングしていた仮想通貨の価格暴落により2019年3月8日にサービスを終了した[22]

脚注

注釈

  1. ^ ただし、最高裁の判決書3頁ないし4頁によれば、本件の被告人はCPU使用率の上限値を0.5(すなわち最大50%)に設定しており、この設定であればサイト閲覧者の消費電力の増加やCPUの負荷も大きくはなく、一般的な広告表示と有意な差はなかったという。

出典

  1. ^ 他人PCで獲得 了解得ず「採掘」初立件 - ウェイバックマシン(2018年6月12日アーカイブ分)
  2. ^ a b 仮想通貨の無断採掘で逆転無罪判決 最高裁「許容範囲」 - ウェイバックマシン
  3. ^ a b “「Coinhive」訴訟、横浜地検が控訴 弁護人「何が何でも有罪にしたいのか」”. ITmedia NEWS. https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1904/10/news100.html 
  4. ^ “Coinhive事件 何が問題なのか”. ASCII.jp (2018年7月23日). 2019年3月10日閲覧。
  5. ^ “なぜコインハイブ「だけ」が標的に 警察の強引な捜査、受験前に検挙された少年が語る法の未整備への不満”. ねとらぼ (2019年1月30日). 2019年3月10日閲覧。
  6. ^ “仮想通貨「採掘」 他人のPC無断利用に無罪 (写真=ロイター)”. 日本経済新聞. (2019年3月27日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42963750X20C19A3CC0000/ 
  7. ^ “コインハイブ事件 高木浩光氏「刑法犯で処罰されるものではない」公判で証言”. 弁護士ドットコム (2019年1月15日). 2019年3月10日閲覧。
  8. ^ “コインハイブ事件で無罪判決 弁護人「警察の暴走、食い止められることを願う」”. 弁護士ドットコム (2019年3月27日). 2019年4月2日閲覧。
  9. ^ “「ウイルスには該当しない」 Coinhive裁判、無罪判決の理由”. ITmedia NEWS. https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1903/28/news121.html 
  10. ^ “Coinhive事件裁判費用の寄付のお願い”. https://www.hacker.or.jp/coinhive_innocent/ 2019年11月6日閲覧。 
  11. ^ ““Coinhive事件”控訴審の訴訟費用寄付、2日で1000万円超え受付終了”. ITmedia NEWS. 2019年11月6日閲覧。
  12. ^ “仮想通貨の無断採掘、逆転有罪 東京高裁”. 日本経済新聞. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55368280X00C20A2CE0000/ 
  13. ^ “コインハイブ事件、逆転有罪 罰金10万円…東京高裁判決”. 弁護士ドットコム. https://www.bengo4.com/c_23/n_10741/ 
  14. ^ “コインハイブ事件、最高裁で12月弁論 逆転有罪の二審判断見直しか”. https://www.bengo4.com/c_1009/n_13674/ 
  15. ^ “PC無断利用し暗号資産獲得 最高裁で有罪判決見直しの可能性も”. https://web.archive.org/web/20211209101824/https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211209/k10013382211000.html/ 
  16. ^ “コインハイブ事件、最高裁判決は1月20日に指定 逆転有罪の二審判断見直しか”. 弁護士ドットコム. (2021年12月17日). https://www.bengo4.com/c_1009/n_13905/ 2023年12月10日閲覧。 
  17. ^ “仮想通貨の無断「採掘」、逆転無罪 最高裁判決”. 日本経済新聞社. 2022年1月20日閲覧。
  18. ^ “最高裁判所判例集 事件番号?令和2(あ)457”. 最高裁判所. 2022年1月20日閲覧。
  19. ^ “Coinhive設置で家宅捜索受けたデザイナー、経緯をブログ公開 「他の人に同じ経験して欲しくない」”. ITmedia NEWS (2018年6月12日). 2019年3月10日閲覧。
  20. ^ “話題の「Coinhive」とは? 仮想通貨の新たな可能性か、迷惑なマルウェアか”. ITmedia NEWS. 2019年5月5日閲覧。
  21. ^ “Miner.Jswebcoin | Symantec”. www.symantec.com. 2019年5月5日閲覧。
  22. ^ “Coinhive、3月8日にサービス終了 Moneroの価値暴落など響く”. ITmedia NEWS (2019年2月27日). 2019年3月10日閲覧。

関連文献

  • 岡部天俊「不正指令電磁的記録概念と条約適合的解釈 : いわゆるコインハイブ事件を契機として」『北大法学論集』第70巻第6号、北海道大学大学院法学研究科、2020年3月、155-173頁、hdl:2115/77199ISSN 03855953、CRID 1050565163716654848。 
  • 三重野雄太郎「不正指令電磁的記録の解釈と該当性判断枠組 : コインハイブ事件を素材に」『社会学部論集』第71巻、佛教大学社会学部、2020年9月、127-148頁、ISSN 0918-9424、CRID 1050287838683571840。 
  • 大石和彦「<論説>「コインハイブ事件」に含まれる憲法上の争点」『筑波ロー・ジャーナル』第29巻、筑波大学人文社会ビジネス科学学術院ビジネス科学研究群 法学学位プログラム、2020年12月、1-19頁、hdl:2241/0002002717ISSN 18818730、CRID 1050291115067708288。 
  • 渡邊卓也「不正指令電磁的記録に関する罪における反「意図」性の判断」『情報ネットワーク・ローレビュー』第19巻、情報ネットワーク法学会、2020年12月、16-29頁、doi:10.34374/inlaw.19.0_16、ISSN 24352039、CRID 1391975831223534720。 
  • 高木浩光, 木下昌彦, 西貝吉晃, 永井善之, 岡部天俊, 水谷瑛嗣郎「【座談会】 コインハイブ事件最高裁判決を受けて(上)」『情報法制研究』第12巻、情報法制学会、2022年、096-108頁、doi:10.32235/alis.12.0_096、ISSN 2433-0264、CRID 1390859171487063552。 

関連項目

外部リンク

  • 仮想通貨を採掘するツール(マイニングツール)に関する注意喚起 - 警察庁サイバー犯罪プロジェクト(国立国会図書館インターネット資料収集保存事業、2018年7月1日) - https://www.npa.go.jp/cyber/policy/180614_2.html
  • 仮想通貨マイニング(Coinhive)で家宅捜索を受けた話 - 検挙されたデザイナーによるこの事件の経緯を書いたブログ
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