イベリア王国

曖昧さ回避 スペイン・ハプスブルク朝によるイベリア半島の連合王国イベリア連合とは異なります。
イベリア王国
ქართლის სამეფო
アケメネス朝
コルキス
紀元前302年 - 580年 サーサーン朝
イベリア王国の国旗
イベリア王国のキリスト教化後の王国旗
イベリア王国の位置
コルキスとイベリア王国
公用語 グルジア語
首都 ムツヘタ
(前302年-530年)
アルマジ(英語版)
(前270年頃-530年)
トビリシ
(530年-580年)
元首等
xxxx年 - xxxx年 不明
変遷
成立 紀元前302年頃
現在ジョージア (国)の旗 ジョージア
トルコの旗 トルコ
ロシアの旗 ロシア
アルメニアの旗 アルメニア
アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン
グルジアの歴史
საქართველოს ისტორია
コルキス紀元前13世紀
イベリア王国紀元前302年 - 580年
イベリア王国のキリスト教化319年
イベリア戦争526年 - 532年
グルジア王国1008年 - 1490年
ジョージア黄金時代11世紀 - 12世紀
モンゴルのグルジア侵攻13世紀
カルトリ王国1490年 - 1762年
カルトリ・カヘティ王国1762年 - 1801年
ロシア帝国下のグルジア1801年 - 1918年
グルジア民主共和国1918年 - 1921年
グルジア・ソビエト共和国1921年 - 1991年
バラ革命2003年
ロシア・グルジア戦争2008年

イベリア王国(イベリアおうこく)は、南コーカサス、現在のジョージア(グルジア)東部に存在した王国である[1]紀元前4世紀から紀元後6世紀にかけて、大コーカサス山脈の南部、小コーカサス山脈の北部に存在した。イベリア半島と区別するためコーカサス・イベリアとも呼ばれる。

ここからスペインに移住した民族がバスク人の祖となり、イベリア半島の呼称もそこから来ているという説があるが、互いの類縁関係はいまだ証明されていない。

脚注

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  1. ^ G・コトシーヒン『ピョートル前夜のロシア』彩流社、2003年、34-35頁。 

関連項目

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