サマジワディ党

インドの旗 インド政党
サマジワディ党
समाजवादी पार्टी
党首 ムラーヤム・スィン・ヤーダヴ
副党首 アマル・スィン
成立年月日 1992年
本部所在地 ウッタル・プラデーシュ州
連邦下院議席数
5 / 545   (1%)
(2019年5月19日)
連邦上院議席数
8 / 245   (3%)
(2020年3月30日)
政治的思想・立場 民主社会主義
シンボル 自転車
国際組織 進歩同盟
公式サイト [1]
テンプレートを表示

サマージワーディー党(サマジワディとう、समाजवादी पार्टी、Samajwadi Party)インド政党日本語では社会主義[1]社会主義者党社会党などと翻訳される。民主社会主義を掲げインド国民会議左派の会議派社会党やジャナタ・ダルの系譜を引く政党のひとつとしてムラーヤム・スィン・ヤーダヴを党首に1992年に結成。インドでも人口最多のウッタル・プラデーシュ州に強固な地盤を有するが、同州以外では小勢力に留まっている。中位農民カーストのヤダーヴ、その他の後進カーストとして「OBC」と総称される中下位カースト、そしてイスラム教徒を主な支持基盤とする。

2002年のウッタル・プラデーシュ州議会議員選挙で初めて州議会第1党となったが政権を獲得できなかった。しかし翌2003年連立与党の内紛によってムラーヤム・スィン・ヤーダヴを州首相として政権の座に返り咲く。その勢いで2004年連邦下院選挙では36議席を獲得、議席をほぼ倍増させ中央政界でも第4党に躍進してインド政界のキー的な存在となった。しかし同じ中道左派ながらインド国民会議との関係は良好とはいえず、2007年の州議会議員選挙では州内政治のライバルであるマーヤーワティー率いる大衆社会党に敗れた。

党ナンバー2のアマル・スィン書記長がボリウッドインド映画のうちヒンディー語娯楽映画の巨大産業の通称)に強い影響力を持つほか、3度の主演女優賞と3度の助演女優賞を受賞したラージヤ・サバー議員のジャヤー・バッチャン、元盗賊プーラン・デーヴィーが政界デビューしてから暗殺されるまでの期間に所属した。アンチ英語の姿勢もあり、同党のウッタル・プラデーシュ州政権下でヒンディー語に加えて、イスラム教徒が使うウルドゥー語が州公用語となった。このように同党の政策には比較的ポピュリズムの傾向が強い。

2008年には米印原子力協力左翼戦線が反対しマンモハン・シン政権への閣外協力を解消するなか、逆に政権を支持して賛成に回った。

2009年連邦下院選挙では23議席に後退したものの、地盤のウッタル・プラデーシュ州では大衆社会党をおさえ州内第1党となった。

党のシンボルマーク自転車

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 中島岳志『ヒンドゥー・ナショナリズム——印パ緊張の背景』中央公論新社〈中公新書ラクレ〉、2002年。ISBN 9784121500571。 

外部リンク

  • 公式サイト(英語)
  • 表示
  • 編集
スタブアイコン

この項目は、インドに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:アジア / Portal:ヒンドゥー教 / プロジェクト:南アジア)。

  • 表示
  • 編集
政党連合

国民民主同盟(人民党など) - インド国家開発包括同盟インド国民会議など) - 統一国民進歩同盟(左翼戦線大衆社会党など) - 左翼戦線インド共産党マルクス主義派など)

全国政党
地方(州単位)政党

ドラーヴィダ進歩党 - 全インド・アンナー・ドラーヴィダ進歩党 - シヴ・セーナー - 全インド草の根会議派 - アカリ・ダル - テルグ・デサム党 - 全インド前進同盟 - サマジワディ党 - 革命社会党 - ジャナタ・ダル (世俗派) - ジャナタ・ダル (統一派) - ビジュ・ジャナタ・ダル - インド国民ローク・ダル - 全国ローク・ダル - ジャンムー・カシミール民族協議会 - ジャンムー・カシミール人民民主党 - ローク・ジャンシャクティ党 - ドラーヴィダ復興進歩党 - シッキム民主戦線 - シッキム革命戦線 - アソム人民会議 - 全インド統一民主戦線 - ボドランド人民戦線 - ジャールカンド解放戦線 - テランガーナ国民協会 - ケーララ会議派 - ミゾ国民戦線 - ナガランド人民戦線 - 労働者党 - ウッタラーカンド革命党 - インド共和党 - 全インド統一ムスリム評議会 - インド連合ムスリム連盟 - マハラシュトラ・ナヴニルマン・セーナー

Portal:政治学 - Category:各国の政党 - インドの政治
典拠管理データベース ウィキデータを編集
全般
  • VIAF
国立図書館
  • ドイツ
  • アメリカ