ヴァルーシアの蛇人間

ヴァルーシアの蛇人間(Serpent Men)あるいは、Snake Men、Serpent Person、Serpent Folkは、クトゥルフ神話に登場する架空の種族。特にヴァルーシアン(Valusian)の表記は、ヴァルーシアの蛇人間を指す。

ヒト型爬虫類に分類されるキャラクターで先史時代に繁栄し、人類以前に地上を支配していた知的種族の一つ。

初出は、ロバート・E・ハワードの〈キング・カル〉シリーズ、『ウィアード・テイルズ』1929年8月号収録の『影の王国』。またクラーク・アシュトン・スミスも独自に『二重の影』と『七つの呪い』(共に1934)で蛇人間を描写している。この時点でハワードとスミスの蛇人間は、全く無関係のキャラクターだったがハワード・フィリップス・ラヴクラフト、リン・カーターらによって設定が拡張され、後続作品と世界観が結び付けられた。

小説以外では、ロイ・トーマスとマリー・セヴリンによってマーベル・コミックス『カル・ザ・コンカラー vol.2(1971年9月)』で登場した。

解説

爬虫類の特徴を持った人型の知的生命体は、古くから知られた普遍的なモチーフである。ラヴクラフトは、1921年の短編小説『無名都市』において先史時代に繁栄し、現在は数を減らして衰退しつつある中、クトゥルフを崇拝する爬虫人類(四つん這いの蜥蜴人間)を登場させた。リン・カーターとスミスは、これに触発され、クトゥルフ神話に蛇人間を適合させる試みを始めた。対してハワードの蛇人間は、彼独自のキャラクターだったが次第に設定を拡張し、世界観を接合している。

歴史

〈キング・カル〉シリーズは、紀元前10万年前のアトランティス時代を舞台とし、ヴァルーシア(Valusia)は、アトランティスの東にあるトゥーレ大陸の七帝国(他にコモリア(Commoria)、グロンダル(Grondar)、カメリア(Kamelia)、トゥーレ(Thule)、スリア(Thuria)、ヴェルリア(Verulia))の中で最大の勢力を誇っていた。これらの設定は、ハワードが〈英雄コナン〉シリーズの執筆にあたり、カルの物語とコナンの物語を接合するために作ったものである。

トゥーレ大陸において蛇人間は、ヴァルーシア王国を築いたが次第に後から進歩した人類との勢力争いに敗れ、伝説の存在として語られるのみとなった。しかし蛇人間は、人間に変身する術で密かに人間社会に溶け込み、影からヴァルーシアを支配していた。それもアトランティスからやって来たカルによって蛇人間は、一掃されてしまう。

ヴァルーシアは、トゥーレ大陸の西海岸にあり、反対側の東端にグロンダルがあった。文明度は、ヴァルーシアを中心に西に向かうほど高くなり、東方が未開の度合いが高く、他にも人間と同程度に進歩した異なる種族の文明が散らばっていた。

〈英雄コナン〉シリーズでハワードは、約2万年前のハイボリア時代(英語版)[注 1]で再び蛇人間を登場させているが、ここでは、巨大な蛇に人間の頭部を備えた姿(Man-Serpent)か単に巨大な蛇として描写されている。セト(綴りはSetだがSa-taのこと。オシリスの弟神セトではなく蛇の神。サタンに相当する)の子と呼ばれ、スティギア王国(stygia)エジプトに相当するハワードの作ったハイボリア時代の架空の国家)で信仰の対象となっていた。

スティギアは、かつてのトゥーレ大陸の南端の一部であり、僅かに生き残った蛇人間が大陸の隆起と沈降を逃れていた。そこにレムリア人によって追いやられたスティギア人が侵入し、再び人類との勢力争いを起こしたが信仰の対象として祀られるようになった。また墳墓の国と例えられるようにスティギアのピラミッドの地下には、蛇人間だけでなく旧時代を生き延びた種族が眠っている。

ブラン・マク・モーン〉シリーズでハワードは、大地の妖蛆(Worm of the Earthとして蛇人間の退化種(後述)を登場させた。舞台は、3世紀スコットランドでありカル、コナンが架空の時代だったのに対し、この物語は、現実の歴史に則っている。これは、ハワードが3つのヒロイック・ファンタジーのシリーズを繋げ、地球の歴史を巡る物語として接合させることを目的とした。特にブラン・マク・モーンでは、ルルイエ、クトゥルフなどの言葉が明示されている。

当時のスコットランドは、ケルト系民族と考えられるピクト人が支配しており、ローマ帝国と争っていた。ブランは、ピクト人の王である。

世界観の接続

蛇人間の歴史設定は、ハワード自身だけでなくラヴクラフト(以下HPL)とリン・カーターらも複数作品で世界観を接合していった。

ラヴクラフトは、『無名都市』で最初にクトゥルフ神話に知的生命体に進化した爬虫類を登場させた。また『墳丘の怪(執筆は1930年)』では、ムー大陸レムリア大陸が海に沈み、生き残った蛇人間が北米地下のヨス(Yoth)に逃れるが、旧来の神であるイグからツァトゥグァに宗旨替えしたことでイグの怒りを買う(経緯は後述)。さらに『闇に囁くもの(1930年)』でも蛇人間について取り上げている。ここでは、アーサー・マッケンの『黒い石印』に着想を得てイギリスやヨーロッパの伝承に現れる小人、妖精の正体は、退化して矮躯化、文明度が低下した蛇人間の末裔だとし、ミ=ゴとの関連性や外宇宙からクトゥルフやツァトゥグアなどの旧支配者によって地球に連れて来られた可能性を挙げている。その後、『闇をさまようもの(1936年)』において呪物「輝くトラペゾヘドロン」の過去の持ち主がヴァルーシアの蛇人間であると設定している[注 2]。また蛇のクバア(K'baa the Serpent)との関係性を仄めかしている。

スミスは、500万年前のハイパーボリアに蛇人間が文明を築き、ヴーアミ族や人類に追いやられ、地下に逃れたという物語を作った。

リン・カーターは、「エイボンの書」にまつわる短編群を通し、蛇人間の歴史を整理している。

リン・カーターの物語で蛇人間は、氷河期で衰退するハイパーボリア大陸から逃れ、レムリア大陸の最初の支配者となり、二畳紀(ペルム紀)に[注 3]、蛇の神イグを崇拝して帝国を築いた。彼らの文明は、高度な科学、魔術、錬金術で繁栄した。しかしこの最初の帝国は、2億2500万年前の三畳紀恐竜の台頭と共に崩壊した。その後、中生代の紀元前6500万年頃に滅んだハイパーボリアのシャッゴン(Shuggon)から蛇人間がトゥーレ大陸に移住したという物語で恐竜の時代から新生代までの歴史を結び付けている。

ロイ・トーマスとマリー・セヴリンのマーベル・コミックの設定では、蛇人間は、悪魔セトによって作り出され、カルやコナンの活躍により約8000年前に大半が絶滅したが現代まで生き残っている。

この世界観設定は、それぞれが完全に矛盾している。ハイパーボリアが氷河期で滅んだのは、100万年前であり2億9900万年前の二畳紀や三畳紀より遥かに近い過去の出来事でスミスとリン・カーターの歴史は食い違っている。特にシャッゴンは、リン・カーター自身もあまり取り上げていない。

姿

蛇人間の歴史が作者ごとに異なるように姿もしばしば異なっている。

基本的に鱗と尻尾のある直立二足歩行の知的生命体だが、〈コナン〉シリーズのように蛇に近い姿の場合やL・スプレイグ・ディ・キャンプによるハワード死後のコナン作品には、メドゥーサのように蛇の頭髪を持つ蛇人間も登場した。

クトゥルフ神話

主な登場作品

人物

亜種族

ヨスの種族(クン=ヤンの先住種族)
HPLの『墳丘の怪』にて言及される。北米地下のクン=ヤンに赤い都市ヨスを築いていた四足歩行の爬虫類種族。宗教はツァトゥグァ。後に人型種族が移住してきたころには、遺跡と家畜キメラを残して姿を消していた。※つまりHPLの段階ではヨスの種族≠ヴァルーシアの蛇人間である。
カーターは彼らを先述の蛇人間であると同定し、ヨスからハイパーボリア大陸に移住したと設定した。
大地の妖蛆
詳細は「大地の妖蛆」を参照
仮称。ハワードの複数作品に登場する種族。ハワードは固有名を設定しておらず、呼称の一つが各種事典で種族名とされている[1][2]
ブリテン島に、最初に棲みついた種族。新興のピクト人に敗れ、地下へと追いやられた。蛇にたとえられ、黄色い目が特徴とされている[3]。人間種族との混血がいる。
作中では蛇に形容される程度の説明だが、TRPGではほぼ蛇人間の亜種・劣化種として扱われる。蛇人間の高度な科学の知識は失われ、原始宗教を奉じる穴居人に堕ちている。
登場作品:ロバート・E・ハワードの諸作品
無名都市の爬虫類
HPLの『無名都市』に登場する爬虫類生物。TRPGにて、蛇人間の亜種族として取り込まれた。
アラビア砂漠の無名都市にて、四本足で匍匐生活し、クトゥルフを崇める。かつては海底におり、都市ごと地上に浮上した[4]
登場作品:無名都市(HPL)、永劫の探究第4部(ダーレス)、牙の子ら(ジョン・ランガン)
崑央の種族
詳細は「崑央の女王」を参照
4000年前、殷王朝時代のアジアに文明を築いていた爬虫類種族。人に化けることができる。中国神話の祝融と同一視され、マイナーな神話ではアジアの地底「崑央(クン・ヤン)」に封印されたと伝わる。種族としての名称は不明で、20世紀中国のある科学者は「旧支配者」と呼んだ。宗教はヨス=トラゴンクトゥグアなど。
登場作品:『崑央の女王』『十死街』『ヨス=トラゴンの仮面』(すべて朝松健。英訳作品あり)

関連項目

脚注

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注釈

  1. ^ スミスのハイパーボリアと名前が似ている。作劇の話をすれば、古ギリシア伝説のヒュペルボレイオスをモデルに、ハワードがハイボリアを作り、スミスがハイパーボリアを作った。
  2. ^ 単なる蛇人間ではなく、ヴァルーシアの蛇人間であることが強調されている。
  3. ^ 現実の古生物学との矛盾・兼ね合いが出てくる。

出典

  1. ^ エンサイクロペディア・クトゥルフ(英語版)』大地の妖蛆」159-160ページ。
  2. ^ KADOKAWAエンダーブレイン『マレウス・モンストロルム』「大地の妖蛆」67-68ページ。
  3. ^ ハワード『夜の末裔』の記述から。ここに着目しているのがカーター『最も忌まわしきもの』。
  4. ^ オーガスト・ダーレス『永劫の探究』による後付け設定。この時代には、無名都市の支配権が交代してハスターの勢力下になっている。
クトゥルフ神話の作中事項
舞台 (カテゴリ)
人物 (カテゴリ)
神格 (カテゴリ)
旧支配者
外なる神
旧神
その他
種族 (カテゴリ)
文献 (カテゴリ)
道具等
英雄コナンシリーズ
小説
映画
コンピュータゲーム
  • en:Conan (2004 video game)
  • CONAN(2007)
  • en:Age of Conan: Hyborian Adventures(MMORPG)
舞台
その他
  • en:Conan (comics)
その他のシリーズ
クトゥルフ神話
作品
創造物
伝記
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関連項目
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