宮川和子

みやがわ かずこ
宮川 和子
別名義 三宅川 和子
生年月日 (1937-03-18) 1937年3月18日(87歳)
出生地 日本の旗 日本東京都本郷区駒込
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1957年 - 1971年
テンプレートを表示

宮川 和子(みやがわ かずこ、1937年3月18日[1][2] - )は、日本の女優、モデル。旧芸名・本名は三宅川 和子(みやがわ かずこ)[1]

来歴

東京市本郷区駒込(現:東京都文京区)出身。松竹音楽舞踊学校卒。特技は日本舞踊、洋舞。

大映[1]などに所属したのち、東京赤坂でクラブを経営し、六本木で芸能プロダクションを経営した。芸能プロダクションでは水木襄のマネージャーを務めた[3]

出演作品

映画

三宅川和子名義

  • 踊子(1957年) - ダンサー ※デビュー作
  • 透明人間と蝿男(1957年) - 婦警
  • 地上(1957年) - 女学生
  • 暖流(1957年) - 看護婦
  • 俺たちは狂ってない(1958年) - 女生徒
  • 不敵な男(1958年) - 絹江
  • 母の旅路(1958年) - 町子
  • 別れたっていいじゃないか(1958年) - ユリ
  • ごめん遊ばせ花婿先生(1958年) - 久美子
  • 親不孝通り(1958年) - 女子大生
  • 初夜なき結婚(1959年) - 亨子
  • 最高殊勲夫人(1959年) - 岩崎豊子
  • 息子(1959年) - 陽子
  • 女の教室(1959年) - 細谷和子
  • 夜の闘魚(1959年) - テストを受ける踊子
  • 一刀斎は背番号6(1959年) - 水着のダンサー
  • 私の選んだ人(1959年) - 田村ユミ
  • 氾濫(1959年) - 恵美子
  • 電話は夕方に鳴る(1959年) - 婦人警官
  • 暴風圏(1959年) - 美沙の友人
  • 美貌に罪あり(1959年) - 春枝
  • 実は熟したり(1959年) - 桑野典子
  • 闇を横切れ(1959年) - 女学生

宮川和子名義

  • セクシー・サイン 好き好き好き(1960年) - 花島マリ子
  • 女経(1960年) - キャバレーの女給
  • あゝ特別攻撃隊(1960年) - のぶ
  • 嫌い嫌い嫌い(1960年) - 亀山はるみ
  • 女は抵抗する(1960年) - 藤村由紀子
  • お嬢さん三度笠(1960年) - お峰
  • すれすれ(1960年) - 白木容子
  • 東海道ちゃっきり娘(1960年) - お京
  • 銀座のどら猫(1960年) - 井村洋子
  • 一本刀土俵入(1960年) - お菊
  • 月の出の血闘(1960年) - お米
  • 薔薇大名(1960年) - お京
  • 銀座っ子物語(1961年) - 芸者・秀也
  • 花くらべ狸道中(1961年) - ミス狸
  • 新夫婦読本 恋愛病患者(1961年) - 佐々木久美子
  • お嬢さん(1961年) - 女中・ヨシイ
  • 若い仲間(1961年) - 関山公子
  • この青年にご用心(1961年) - キリ子
  • 女のつり橋(1961年) - エリ子
  • おてもやん(1961年) - おとよ
  • 投資令嬢(1961年) - 北川晴美
  • ドドンパ酔虎伝(1961年) - おしん
  • 夜はいじわる(1961年) - 君子
  • 女の勲章(1961年) - 白川洋子
  • 舞妓の休日(1961年) - 絵美
  • 献身(1961年) - トミ
  • うるさい妹たち(1961年) - サチ子
  • 若い奴らの階段(1961年) - 初江
  • 女は夜霧に濡れている(1962年) - 沢村キリ子
  • 爛(1962年) - 咲枝
  • B・G物語 易入門(1962年) - 丹野トミ子
  • 男と女の世の中(1962年) - 北上千枝
  • 秦・始皇帝(1962年) - 梅花
  • 団地夫人(1962年) - 杉野富子
  • 黒の札束(1963年) - 石渡千鶴子
  • 温泉あんま(1963年) - 眉美
  • 温泉女中(1963年) - 心中する女
  • ぐれん隊純情派(1963年) - 妙子
  • 温泉巡査(1963年) - 鯉奴
  • 大学の纏持ち(1963年) - 信子
  • 温泉女医(1964年) - 松子
  • アスファルト・ガール(1964年) - 銀子
  • フォークで行こう 銀嶺は恋してる(1966年) - 臼木左知子
  • ハレンチ学園 身体検査の巻(1970年) - シスター・エミリー
  • 可愛い悪女(1971年) - 高松女史

テレビドラマ

脚注

  1. ^ a b c 「日本映画人大鑑」国立国会図書館デジタルコレクション
  2. ^ 1939年4月15日説もある。
  3. ^ 「消息」『読売新聞朝刊』1976年5月9日号 30面