三美神とメルクリウス

『三美神とメルクリウス』
イタリア語: Tre Grazie e Mercurio
英語: Mercury and the Graces
作者ティントレット
製作年1576年ごろ
種類油彩キャンバス
寸法146 cm × 155 cm (57 in × 61 in)
所蔵ドゥカーレ宮殿ヴェネツィア

三美神とメルクリウス』(さんびしんとメルクリウス、: Tre Grazie e Mercurio, : Mercury and the Graces)は、イタリアルネサンス期のヴェネツィア派の巨匠ティントレットが1576年ごろに制作した油彩の絵画。ヴェネツィアドゥカーレ宮殿のために制作された4点の神話画ないし寓意画連作の1つである。主題はギリシア神話三美神ヘルメスローマ神話メルクリウス)によって表現されたヴェネツィアの寓意となっている。他の3作品は『ヴィーナスとアリアドネとバッカス』(Venere, Arianna e Bacco)、『マルスを退けるミネルヴァ』(Minerva scaccia Marte)、『ウルカヌスの鍛冶場』(Fucina di Vulcano)。ティントレットは円熟期から晩年にかけてドゥカーレ宮殿のために総数45点にもおよぶ作品を制作しており、現在も4作品ともにドゥカーレ宮殿に所蔵されている[1][2][3][4]

作品

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ディアナとカリスト』の背面像。
アゴスティーノ・カラッチの1589年のエングレーヴィングワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー所蔵。

草木が豊かな大地の上に座した三美神は、たがいに手を取り合って身体を起こし、立ち上がろうとしている。彼女たちの背後にいるのはメルクリウスであり、典型的な翼のある帽子と2匹の蛇が絡みついたカドケウスの杖を持っている。画面左の三美神の1人が身体を支えている左手の下には大きなサイコロがあり、恩恵の相互性を表している。一方、中央の美神は伸ばした左手にバラの花を持ち、画面右の美神は花をつけたギンバイカの枝を持っている。この2つはいずれもヴィーナスの花であり、永遠の愛を意味する。そしてメルクリウスは理性の象徴として、適切な量の恩恵が分配されることを保証している[2]。対角線上に人物を動的に配置する構図はティントレットに特徴的なものであり、三美神の肌の色は、彼女たちの身体にあたる右からの強い自然光と豊かな色彩のドレープによって強化されている。画面左の背中を見せる三美神はティツィアーノ・ヴェチェッリオが『ディアナとカリスト』で描いたニンフの背面像に影響を受けている。しかし後期のティツィアーノに特徴的な、女性の柔らかな肌が見せるしわやたるみへの強い関心は共有されていない[2]

連作をそれぞれ四季四大元素と結びつける美術史家シャルル・ド・トルナイ(英語版)の研究によると(1960年)、本作品は植物の芽吹きと花の開花、三美神の立ち上がろうとする身体の動きから「春」と「空気」を表しているという[2][3][4]。17世紀の画家・伝記作家のカルロ・リドルフィによると政治的な寓意であり、ヴェネツィアの「元老院がそれにふさわしい市民に授けた恩恵」を表している[3]

来歴

連作は当初はドゥカーレ宮殿の方形階段広間を飾り、1581年にはフランチェスコ・サンソヴィーノ(英語版)によって『三美神とメルクリウス』(La tre Grazie e Mercurio)と言及されている[5]。また1648年にはカルロ・リドルフィも絵画の意味について言及している[3][4]。その後、1716年に内閣議場前室に移されて現在に至っている[1][3]。2017年に修復されている[3]

影響

アゴスティーノ・カラッチは『マルスを退けるミネルヴァ』とともに1589年にエングレーヴィングを制作している[6]パルマ・イル・ヴェッキオの息子パルマ・イル・ジョーヴァネティツィアーノ・ヴェチェッリオの最晩年の弟子だが、むしろティントレットの様式に非常に強い影響を受けている。パルマは本作品からも影響を受けて1600年から1610年ごろに『三美神とメルクリウス』(Tre Grazie e Mercurio)を制作している[2]バロック期の画家ジュゼッペ・ディアマンティーニ(英語版)は三美神の1人に衣服を着せて複製している[7]

ギャラリー

本作品以外の連作は以下のものがある。

脚注

  1. ^ a b 『西洋絵画作品名辞典』p.403-404。
  2. ^ a b c d e 『神話・ディアナと美神たち』p.92。
  3. ^ a b c d e f “Tintoretto”. Cavallini to Veronese. 2021年9月22日閲覧。
  4. ^ a b c “Le tre Grazie e Mercurio del Tintoretto”. Frammentiarte. 2021年9月22日閲覧。
  5. ^ “TINTORETTO, LE TENTAZIONI DI SANT'ANTONIO - LE RASSOMIGLIANZE”. Venice Cafe. 2021年9月22日閲覧。
  6. ^ “Mercurio e le tre Grazie”. ボローニャ市立博物館公式サイト. 2021年9月22日閲覧。
  7. ^ “GIUSEPPE DIAMANTINI (MERCURIO E LE TRE GRAZIE – LOT E LE FIGLIE)”. Gabriele Gogna. 2021年9月22日閲覧。

参考文献

外部リンク

  • ドゥカーレ宮殿公式サイト
宗教画
  • 聖母子と諸聖人』(1545年-1546年頃)
  • 『アハシェロス王の前のエステル』(1546年-1547年頃)
  • 『奴隷を解放する聖マルコ』 (1548年頃)
  • 『弟子の足を洗うキリスト』 (1548年頃-1549年頃)
  • 動物の創造』 (1550年-1553年)
  • 『誘惑されるアダムとイヴ』 (1550年-1553年)
  • 『アベルの殺害』 (1550年-1553年)
  • 『聖母の神殿奉献』 (1550年-1553年)
  • 『キリストの神殿奉献』 (1554年-1555年頃)
  • 『聖ゲオルギウスと竜』 (1555年頃)
  • 『洗礼者聖ヨハネの誕生』 (1555年頃)
  • 『ヨセフとポティファルの妻』 (1555年頃)
  • 『最後の審判』 (1560年-1562年の間)
  • 『黄金の子牛の礼拝』 (1563年)
  • 聖ロクスの栄光』(1564年)
  • 『磔刑』(1565年)
  • 聖マルコの遺骸の運搬』 (1562年-1566年)
  • 聖マルコの遺骸の発見』 (1562年-1566年)
  • 『岩から水を湧き出させるモーセ』(1577年)
  • 『マナの収集』(1577年)
  • ガリラヤ湖のキリスト』(1570年代)
  • 『キリストの洗礼』(1580年頃)
  • 『受胎告知』 (1583年-1587年)
  • 『天国』 (1588年-1592年)
  • 『最後の晩餐』 (1592-1594年)
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