吉武泰水

吉武泰水
生誕 1916年(大正5年)11月8日
大分県東国東郡来浦村岩戸寺(現・国東市国東町岩戸寺)
死没 (2003-05-26) 2003年5月26日(86歳没)
東京都品川区東五反田
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京帝国大学
職業 建築家建築学者
吉武東里
受賞 日本建築学会賞論文賞 (1955年)
紫綬褒章(1981年)
日本建築学会賞大賞(1987年)
勲二等旭日重光章(1989年)
所属 東京大学建築学科吉武研究室
プロジェクト 公営住宅標準設計51C型

吉武 泰水(よしたけ やすみ、1916年11月8日 - 2003年5月26日)は、日本建築学者建築家東京大学名誉教授筑波大学名誉教授、九州芸術工科大学名誉教授、神戸芸術工科大学初代学長。大分県生まれ。東京育ち。父親は、国会議事堂の設計者の1人、雑誌新建築創刊号の表紙を手がけた吉武東里である。

業績

日本における建築計画学の創始者であり、病院学校集合住宅などの研究に業績を残した。集合住宅のプロトタイプである「51C型」や、建築における規模計画に用いられる数理・統計手法「あふれ率法(α法)」などで知られる。設計した作品も、病院・学校などの公共建築が多い。

51C型

1951年に東京大学建築学科の吉武研究室が「公営住宅標準設計51C型」として提唱した51C型は、戦後の日本の集合住宅の原型となった。この51C型は、生活調査などの結果をもとにして導き出した「食寝分離」と「親子それぞれの就寝場所の確保」というコンセプトに基づいており、ダイニングキッチン (DK) と、親の寝室・子の寝室からなりたつ。その後の「2DK」の間取りは、この51C型がもととなっている。

あふれ率法

吉武の研究成果の1つであるあふれ率法は、建築計画における数理・統計手法の1つでもあり、トイレや備品などの施設数を算定する方法である。使う人数や頻度に対して備品が少なすぎる場合、待たなければならない状態(これを「あふれ」という)が生じ、これが大きくなると不便になってしまう。この「あふれ」の発生を一定以下にすることを目標に規模を計画するのがあふれ率法であり、そのとき「あふれ度」をあらわすのに数式で α が使われることから、α法とも呼ばれる。この理論は、需要がポアソン分布である場合を想定している。

建築作品

 建造物名 所在地 状態 備考
/成蹊中学校 1950年(昭和25年) 13東京都武蔵野市 現存せず 中学H・R棟
/成蹊小学校 1951年(昭和26年) 13東京都武蔵野市 現存せず
/八雲小学校分校(目黒区立宮前小学校) 1955年(昭和25年) 13東京都目黒区 現存せず
/旧青渓中学校 1957年(昭和27年) 28兵庫県養父市
/旧真駒内小学校 1963年(昭和38年) 01北海道札幌市 現存せず
/愛知県がんセンター 1965年(昭和40年) 23愛知県名古屋市 現存せず
/東京都職員共済組合青山病院 1968年(昭和43年) 13東京都港区 現存せず
/東京大学医学部付属病院北病棟 1969年(昭和44年) 13東京都文京区
/東京大学工学部11号 1969年(昭和44年) 13東京都文京区
/三井記念病院 1970年(昭和45年) 13東京都千代田区 現存せず
/栃木県がんセンター 1970年(昭和46年) 09栃木県宇都宮市
/栃木県立図書館 1971年(昭和46年) 09栃木県宇都宮市 現役[1]
/千葉県がんセンター 1972年(昭和48年) 12千葉市中央区

その他の業績

経歴

著書

  • 建築計画の研究―建物の使われ方に関する建築計画的研究(1964 ASIN B000JAEMK0)
  • 建築計画学(シリーズ)
  • 建築計画学への試み(1987 ISBN 430603223X)

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 棚部秀行 (2020年7月20日). “「工夫」の建築、半世紀 県立図書館、親しみ延々と 老朽化、今後のニーズ議論を”. 毎日新聞. 2021年7月30日閲覧。

関連項目

日本建築学会賞大賞受賞者
受賞者
九州大学総長(九州芸術工科大学長:1978年 - 1986年)
九州帝国大学総長
九州大学総長
※1970-1991学長
 
前身諸学校・大学長
 
福岡高等学校長
  • 秋吉音治 1921-1937
  • 事務取扱 吉村友喜 1937
  • 堀重里 1937-1941
  • 折竹錫 1941-1945
  • 山尾政治 1945-1949
  • 事務取扱/校長 永井重義 1949/1949-1950
 
久留米工業専門学校長
久留米高等工業学校長
  • 小林俊次郎 1939-1944
久留米工業専門学校長
  • 小林俊次郎 1944-1945
  • 大脇策市 1945-1951
 
京都帝国大学福岡医科大学長
 
  • 小池新二 1968-1974
  • 太田博太郎 1974-1978
  • 吉武泰水 1978-1986
  • 安藤由典 1986-1994
  • 吉田将 1994-2002
  • 瀧山龍三 2002-2003
日本建築学会会長 (第35代:1977年 - 1979年)
造家学会
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