バートロ・コローン

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  • バートロ・コロン
この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の姓)はコローン第二姓(母方の姓)はモラレスです。
バートロ・コローン
Bartolo Colon
2022年8月27日
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 プエルト・プラタ州アルタミラ(英語版)
生年月日 (1973-05-24) 1973年5月24日(50歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
285 lb =約129.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 アマチュアFA
初出場 1997年4月4日
最終出場 2018年9月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
WBC 2006年
この表について
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プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

バートロ・コローン・モラレス(Bartolo Colón Morales, 1973年5月24日 - )は、ドミニカ共和国プエルト・プラタ州アルタミラ(英語版)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。愛称はビッグ・セクシー[1]モラレス[2]

兄のホセ・コローンは1年だけマイナーリーグでのプレー経験がある[3]

経歴

プロ入りとインディアンス時代

1993年6月にクリーブランド・インディアンスに契約金30万ドルで入団。

1997年4月4日にメジャーデビュー。その頃から本格派右腕として注目され[4]、黄金期のインディアンスにおいてエースとして活躍。

1998年は6月にピッチャー・オブ・ザ・マンスを受賞するなど、前半戦は9勝4敗、防御率2.46を記録し、オールスターに選出され、勝ち投手となっている[5]。後半戦は5勝5敗、防御率5.65に終わった。

エクスポズ時代

2002年シーズン途中にリー・スティーブンスブランドン・フィリップスグレイディ・サイズモアクリフ・リーの交換要員としてティム・ドリュー(英語版)と共にモントリオール・エクスポズトレード移籍。同年、両リーグで10勝を挙げた。MLB史上、1945年のハンク・ボロウィーに次いで2人目の快挙となった[6]

ホワイトソックス時代

2003年1月15日にシカゴ・ホワイトソックスへトレード移籍[6]。ホワイトソックスでは15勝13敗、防御率3.87と前年より悪化したが、自己最多・リーグ最多タイの9完投を記録。

エンゼルス時代

2003年12月9日に4年総額5100万ドルでアナハイム・エンゼルスへ移籍した[7]

2004年は18勝するも防御率は5.01。

2005年は自己最多の21勝で防御率も3.48。しかし、シーズン最後の2ヶ月間は腰痛に苦しみ、途中降板の試合もあった[4]ニューヨーク・ヤンキースとのディビジョンシリーズ第5戦では2回途中で肩に激しい痛みが走り降板した[4]。その後、チームはリーグチャンピオンシップシリーズへ進出したが、このシリーズでは登板機会はなく、シカゴ・ホワイトソックスに1勝4敗で敗退。シーズン終了後にサイ・ヤング賞を受賞したが、ニューヨークではマリアノ・リベラの受賞を望む声が多く、「ESPN.com」の記者は防御率、奪三振、投球回などでコローンを上回る成績を残したヨハン・サンタナが獲得すべきという声もあった[4]

2006年はシーズン開幕前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ドミニカ共和国代表に選出された[8]

シーズンでは4月16日に右肩の回旋筋を痛め、6年振りの故障者リスト入り[9]。6月中旬に復帰後も右腕痛で7月下旬にシーズン絶望となるなど自己最低の成績に終わり、8年継続した規定投球回、二桁勝利も途切れた。手術を検討されたが、筋肉強化のリハビリテーションなどで回復を図った[10]

ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム時代
(2007年9月23日)

2007年シーズンも怪我のために防御率6点台の不振に終わった。シーズン終了後にFAとなった。

レッドソックス時代

ボストン・レッドソックス時代
(2008年6月1日)

2008年2月25日にボストン・レッドソックスとマイナー契約[11]。開幕メジャー入りはならなかったが、5月21日に昇格してメジャー復帰を果たした。そして同日本拠地フェンウェイ・パークでのカンザスシティ・ロイヤルズ戦にて先発登板をし、5回を被安打6四球2に抑えて勝利した。5月は好調だったものの、6月は月間防御率5点台と調子を落としマイナーに降格。9月に再昇格し、1試合に先発した。シーズンを通じてはメジャー昇格後ワーストとなる7先発、39投球回に留まったが、4勝2敗、防御率3.92と成績は持ち直した。

ホワイトソックス復帰

シカゴ・ホワイトソックス時代
(2009年4月23日)

2009年1月15日にホワイトソックスと1年100万ドルで契約[12]。前年を上回る12試合に先発したが、3勝6敗、防御率4.19に留まった。

2010年はメジャーでの登板は無かった。

ヤンキース時代

ニューヨーク・ヤンキース時代
(2011年5月18日)

2011年1月26日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。オープン戦では結果を残し、フレディ・ガルシアと共にロースター入りを果たした。シーズン序盤はロングリリーフの役回りだったが、そこで結果を残して4月20日に先発登板の機会を得ると、7回途中2失点に抑えて約2年ぶりの勝利投手となった。5月30日には約4年ぶりとなる完封勝利を記録。以降はローテーションをほぼ年間通して守り、5年ぶりの規定投球回到達を達成。打線の援護にやや恵まれず、8勝10敗だったが防御率4.00とまずまずの成績を残した。

アスレチックス時代

オークランド・アスレチックス時代
(2012年4月29日)

2012年オークランド・アスレチックスに所属。シアトル・マリナーズ東京で開催したMLB日本開幕戦にアスレチックスの選手として帯同した。第2戦に先発登板し、勝利投手となった。4月18日の古巣エンゼルス戦では38球連続ストライク投球というMLB史上最長記録を樹立[13]。しかし、8月22日にMLBの薬物検査でテストステロンの陽性反応が出たため、50試合の出場停止処分を受けた[14]。この出場停止が響き、二年連続となる規定投球回到達はならなかったが、6年ぶりの二桁勝利となる10勝を挙げ、防御率3.43と成績を向上させた。オフの11月3日に1年300万ドルと出来高払いで再契約を結んだ。

2013年バイオジェネシス・スキャンダルで禁止薬物の購入が発覚したが、既に処分を受けていたために追加処分は科されなかった。同年はシーズンを通じて好調で、夏場に一度故障者リスト入りしたものの、防御率2.65(リーグ2位)は40歳にしてキャリア最高の数字だった。また18勝はリーグ2位で、リーグトップタイとなる3完封も記録した。オフの10月31日にFAとなった。

メッツ時代

ニューヨーク・メッツ時代
(2016年6月16日)

2013年12月14日にニューヨーク・メッツと2年総額2000万ドル[15]で契約を結んだ[16]

2014年8月7日のフィラデルフィア・フィリーズ戦で通算200勝を達成した[17]。昨年より全体的に数字を落としたが、年間を通してローテーションを守り、15勝を挙げて防御率4.09と一定の貢献をした。また自身8年ぶりとなる200投球回を達成した。またこの年の9月にはニューヨーク州クイーンズ区でアメリカ合衆国籍を取得した。

2015年も先発ローテーション通りに登板し、チーム最多の19423イニングに投げた[18]ナショナルリーグワーストの217安打を浴びたが、完封勝利1つを含む14勝を挙げ、4年連続二桁勝利以上とした。オフの11月2日にFAとなった[19]が、12月18日にメッツと1年契約を結んだ[20]。 また、2015年シーズンをもってそれまでのMLB現役最年長選手であったラトロイ・ホーキンスが引退したため、2016年シーズンからはMLB現役最年長選手となった[21]

2016年5月7日のサンディエゴ・パドレス戦ではキャリア初の本塁打を放った。42歳11か月でのメジャーリーグ初本塁打はランディ・ジョンソンの40歳を抜いて最年長記録[22]。同15日には初四球も記録した[23]。シーズンを通じては年間を通じてローテーションを守り、4年連続となる投球回数190回以上、5年連続となる二桁勝利を記録。防御率も3年ぶりに4点台を下回り、ナ・リーグ全体で13位と現役最高齢にしてなお一戦級の実力があることを示した。オフの11月3日にFAとなった[24]

ブレーブス時代

2016年11月17日にアトランタ・ブレーブスと1年1250万ドルで契約を結んだ[25]

2017年はシーズン開幕前の2月8日に指名投手枠で第4回WBCドミニカ共和国代表に選出された[26]。シーズンでは6月6日に左腹斜筋の張りで10日間の故障者リストに入り、28日に復帰したが[24]、当日先発登板したパドレス戦で4回6失点で降板、2勝8敗、防御率8.14の成績となり、翌29日にDFAとなった[27][28]。7月4日に自由契約となった[24]

ツインズ時代

2017年7月7日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んだ[29]。7月18日にメジャー契約を結び、アクティブ・ロースター入りした[30]。8月20日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦に勝利し、史上18人目の全30球団からの勝利を達成した[21]。しかしそれ以外では振るわず、移籍後は15試合先発で5勝6敗、防御率5.18であった。シーズン通算では28試合先発で7勝14敗、防御率6.48に終わり、連続2桁勝利は5年で、規定投球回到達は4年で途切れてしまった[24]。オフの11月2日にFAとなった[31]

レンジャーズ時代

2018年2月4日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[32]。3月24日に一旦自由契約となるが、26日にマイナー契約で再契約した[24]。4月2日にメジャー契約を結び、アクティブ・ロースター入りした[33]。この年は28試合(先発24試合)に登板して7勝12敗、防御率5.78、81奪三振を記録した。オフの10月29日にFAとなった[24]

メキシカンリーグ時代

2021年2月15日に、メキシカンリーグモンクローバ・スティーラーズと契約した[34]

2022年8月5日にリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナアギラス・シバエーニャスでシーズンを過ごしたあと引退することが発表された[35][36]

引退後

2023年9月15日にベースボール・ユナイテッドの共同オーナーとして参入した[37]

投球スタイル

強靭な脚力を持ち味とし、捕手のような極端なショートアーマー(バックスイングの際に腕を完全には引かない動き)の腕の振りから投げる2種類の速球を武器とし、かつて最速101mph(約163km/h)を記録したノビのあるフォーシームは、2015年時点で平均90mph(約145km/h)と衰えたものの変わらぬノビがあり、基本球種としている平均87mph(約140km/h)のツーシームは右打者の手元で食い込むように動く[38]。他にも大きく横に変化するスライダーや対左打者にはサークルチェンジを投げる[38]。また、1996年マリアノ・リベラからカッターの握り方を教わっており、ごく稀に投げることがある。また、エンゼルス時代までは80mph(約128km/h)前後のカーブも投げていたが、2008年以降は投げていない[4]

試合の後半になるにつれて球の威力が増す傾向がある一方で、対戦打者のレベルに合わせて投げてしまう[38]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1997 CLE 19 17 1 0 0 4 7 0 -- .364 427 94.0 107 12 45 1 3 66 5 0 66 59 5.65 1.62
1998 31 31 6 2 0 14 9 0 -- .609 883 204.0 205 15 79 5 3 158 4 0 91 84 3.71 1.39
1999 32 32 1 1 1 18 5 0 0 .783 858 205.0 185 24 76 5 7 161 4 0 97 90 3.95 1.27
2000 30 30 2 1 0 15 8 0 0 .652 807 188.0 163 21 98 4 4 212 4 0 86 81 3.88 1.39
2001 34 34 1 0 0 14 12 0 0 .538 947 222.1 220 26 90 2 2 201 4 1 106 101 4.09 1.39
2002 16 16 4 2 0 10 4 0 0 .714 467 116.1 104 11 31 1 2 75 3 0 37 33 2.55 1.16
MON 17 17 4 1 0 10 4 0 0 .714 499 117.0 115 9 39 4 0 74 1 0 48 43 3.31 1.32
'02計 33 33 8 3 0 20 8 0 0 .714 966 233.1 219 20 70 5 2 149 4 0 85 76 2.93 1.24
2003 CWS 34 34 9 0 1 15 13 0 0 .536 984 242.0 223 30 67 3 5 173 8 3 107 104 3.87 1.20
2004 ANA
LAA
34 34 0 0 0 18 12 0 0 .600 897 208.1 215 38 71 1 3 158 1 0 122 116 5.01 1.37
2005 33 33 2 0 2 21 8 0 0 .724 906 222.2 215 26 43 0 3 157 2 1 93 86 3.48 1.16
2006 10 10 1 1 0 1 5 0 0 .167 251 56.1 71 11 11 0 3 31 1 0 39 32 5.11 1.46
2007 19 18 0 0 0 6 8 0 1 .429 453 99.1 132 15 29 1 5 76 1 0 74 70 6.34 1.62
2008 BOS 7 7 0 0 0 4 2 0 0 .667 173 39.0 44 5 10 0 2 27 0 0 23 17 3.92 1.38
2009 CWS 12 12 0 0 0 3 6 0 0 .333 276 62.1 69 13 21 3 2 38 1 0 42 29 4.19 1.44
2011 NYY 29 26 1 1 1 8 10 0 0 .444 694 164.1 172 21 40 3 3 135 0 0 85 73 4.00 1.29
2012 OAK 24 24 0 0 0 10 9 0 0 .526 636 152.1 161 17 23 3 1 91 0 0 62 58 3.43 1.21
2013 30 30 3 3 0 18 6 0 0 .750 769 190.1 193 14 29 0 0 117 1 0 60 56 2.65 1.17
2014 NYM 31 31 0 0 0 15 13 0 0 .534 694 202.1 218 22 30 3 3 151 2 0 97 92 4.09 1.23
2015 33 31 1 1 1 14 13 0 0 .519 815 194.2 217 25 24 5 4 136 1 0 94 90 4.16 1.24
2016 34 33 0 0 0 15 8 0 0 .652 791 191.2 200 24 32 2 3 128 0 0 81 73 3.43 1.21
2017 ATL 13 13 0 0 0 2 8 0 0 .200 299 63.0 92 11 20 0 1 42 1 0 66 57 8.14 1.78
MIN 15 15 1 0 0 5 6 0 0 .455 349 80.0 100 17 15 0 0 47 0 1 46 46 5.18 1.44
'17計 28 28 1 0 0 7 14 0 0 .333 648 143.0 192 28 35 0 1 89 1 1 112 103 6.48 1.59
2018 TEX 28 24 1 0 1 7 12 0 0 .368 628 146.1 172 32 25 1 3 81 2 0 97 94 5.78 1.35
MLB:21年 565 552 38 13 7 247 188 0 *1 .568 14655 3461.2 3593 439 948 47 64 2535 45 6 1719 1584 4.12 1.31
  • 2018年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 「-」は記録なし
  • 通算成績の「*数字」は不明年度があることを示す
  • ANA(アナハイム・エンゼルス)は、2005年にLAA(ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)に球団名を変更

年度別守備成績



投手(P)












1997 CLE 19 6 17 5 3 .821
1998 31 13 34 1 1 .979
1999 32 20 31 2 4 .962
2000 30 17 18 2 1 .946
2001 34 12 27 1 4 .975
2002 16 7 12 2 3 .923
MON 17 6 15 1 1 .955
'02計 33 13 32 3 4 .938
2003 CWS 34 12 17 3 3 .906
2004 ANA
LAA
34 8 30 3 4 .927
2005 33 8 16 0 0 1.000
2006 10 4 7 1 0 .917
2007 19 3 8 1 1 .917
2008 BOS 7 2 4 2 0 .750
2009 CWS 12 1 12 1 0 .929
2011 NYY 29 10 18 1 1 .966
2012 OAK 24 6 18 4 2 .857
2013 30 6 22 1 1 .966
2014 NYM 31 11 27 5 2 .884
2015 33 9 32 3 6 .932
2016 34 12 40 3 5 .945
2017 ATL 13 3 19 2 3 .917
MIN 15 5 5 0 0 1.000
'17計 28 8 24 2 3 .941
2018 TEX 28 7 22 4 2 .879
MLB 565 188 456 48 47 .931
  • 2018年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • ANA(アナハイム・エンゼルス)は、2005年にLAA(ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)に球団名を変更

タイトル

  • 最多勝利:1回 2005年(21)

表彰

記録

背番号

  • 40(1997年 - 2003年、2005年 - 2009年、2011年、2013年 - 2018年)
  • 21(2004年、2012年)

代表歴

脚注

  1. ^ “ビッグセクシー”コローンも釘付け、99年ぶり皆既日食を専用メガネで観賞 Full-Count (2017年8月22日) 2017年8月30日閲覧
  2. ^ Rhett Bollinger (2017年8月24日). “Twins Players Weekend nicknames explained” (英語). MLB.com. 2017年8月30日閲覧。
  3. ^ Jose Colon stats MiLB.com (英語)
  4. ^ a b c d e 水次祥子「サイ・ヤング賞 バートロ・コロン[エンゼルス] 満身創痍の栄光」『月刊メジャー・リーグ』2006年1月号、ベースボールマガジン社、2006年、雑誌 08625-1、9頁 - 13頁。
  5. ^ “July 7, 1998 All-Star Game at Coors Field Play by Play and Box Score” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年7月18日閲覧。
  6. ^ a b "Sox acquire Bartolo Colon" (Press release) (英語). MLB.com (Chicago White Sox). 15 January 2003. 2016年3月7日閲覧
  7. ^ “Right-hander gets four-year, $51M deal” (英語). Associated Press. ESPN. (2003年12月10日). http://sports.espn.go.com/mlb/news/story?id=1682062 2016年3月7日閲覧。 
  8. ^ 2006 Tournament Roster Archived 2015年2月19日, at Archive.is The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
  9. ^ Mike Scarr (2006年4月19日). “Angels place Colon on 15-day DL” (英語). MLB.com. 2016年3月7日閲覧。
  10. ^ 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』廣済堂出版、2007年、201頁。ISBN 978-4-331-51213-5。 
  11. ^ Ian Browne (2008年2月25日). “Sox insure rotation with talented Colon” (英語). MLB.com. 2016年3月7日閲覧。
  12. ^ "White Sox Agree to Terms on One-Year Contract with Pitcher Bartolo Colon" (Press release) (英語). MLB.com (Chicago White Sox). 15 January 2009. 2016年3月7日閲覧
  13. ^ “38球連続ストライク!? 精密機械コロンの史上最長連続ストライク記録”. ベースボールチャンネル. (2019年4月19日). https://www.baseballchannel.jp/mlb/64234/ 2020年4月18日閲覧。 
  14. ^ “アスレチックスのコロンに50試合の出場停止処分”. AFPBB News (2012年8月23日). 2016年3月7日閲覧。
  15. ^ Anthony DiComo (2013年12月11日). “Mets agree to two-year deal with Colon” (英語). MLB.com. 2016年3月7日閲覧。
  16. ^ “Mets sign Bartolo Colon to a two-year contract” (英語). MLB.com (New York Mets) (2013年12月14日). 2016年3月7日閲覧。
  17. ^ “Scores for Aug 8, 2014”. ESPN (2014年8月7日). 2016年3月7日閲覧。
  18. ^ “2015 New York Mets Pitching Statistics” (英語). Baseball-Reference. Sports Reference LLC.. 2016年3月7日閲覧。
  19. ^ “Transactions | mets.com” (英語). MLB.com (2015年11月2日). 2015年11月4日閲覧。
  20. ^ Chad Thornburg (2015年12月18日). “Mets, Colon finalize one-year contract” (英語). MLB.com. 2015年12月21日閲覧。
  21. ^ a b “44 is the new 30: Colon has W vs. all MLB teams” (英語). MLB.com (2017年8月20日). 2017年8月21日閲覧。
  22. ^ 【米国はこう見ている】メジャー最年長42歳の右腕コロンが初本塁打 会場大興奮「不可能が可能に」 Full-count 2016年5月8日
  23. ^ “メジャー最年長投手コロンが19年目にして初四球を記録”. Full-count. 2019年10月23日閲覧。
  24. ^ a b c d e f MLB公式プロフィール参照。2019年2月28日閲覧。
  25. ^ Mark Bowman (2016年11月17日). “Braves announce 1-year deal with Colon” (英語). MLB.com. 2016年11月19日閲覧。
  26. ^ Joe Trezza (2017年2月15日). “DR aims to defend title as WBC '17 roster set” (英語). MLB.com. 2017年3月4日閲覧。
  27. ^ “Braves vs. Padres | 06/28/17” (英語). MLB.com (2017年6月28日). 2017年6月30日閲覧。
  28. ^ Mark Bowman (2017年6月29日). “Braves designate Bartolo for assignment” (英語). MLB.com. 2017年6月30日閲覧。
  29. ^ Rhett Bollinger (2017年7月8日). “Twins sign veteran Colon to Minors deal” (英語). MLB.com. 2017年7月10日閲覧。
  30. ^ Shane Jackson (2017年7月18日). “With Bartolo up, Hughes to 60-day DL” (英語). MLB.com. 2017年7月19日閲覧。
  31. ^ David Adler (2017年11月5日). “Key free agents for all 30 MLB teams” (英語). MLB.com. 2017年12月30日閲覧。
  32. ^ T.R. Sullivan (2018年2月4日). “Colon, Rangers agree to Minors deal” (英語). MLB.com. 2018年2月5日閲覧。
  33. ^ “Rangers call up Colon to start tonight” (英語) (2018年4月2日). 2018年4月3日閲覧。
  34. ^ “Bartolo Colon signs with Monclova Acereros of Mexican Baseball League”. ESPN.com (2020年2月1日). 2020年2月15日閲覧。
  35. ^ Mcwilliam, Bryan. “Bartolo Colon to retire after winter league season” (英語). theScore.com. 2022年8月31日閲覧。
  36. ^ “Bartolo getting ready to call it a career” (英語). MLB.com. 2022年8月31日閲覧。
  37. ^ “EIGHT-TIME MLB ALL-STAR AND WORLD SERIES CHAMPION ROBINSON CANO LEADS LATEST GROUP OF FORMER MLB ALL-STARS INVESTING IN BASEBALL UNITED” (英語). Baseball United (2023年9月15日). 2023年9月28日閲覧。
  38. ^ a b c スカウティング・レポート『月刊スラッガー』2004年6月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-6、6-9頁。
  39. ^ “メッツのコロン投手が42歳でメジャー第1号、初本塁打の史上最年長記録を更新”. フランス通信社 (2017年5月8日). 2018年10月21日閲覧。

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、バートロ・コローンに関連するメディアがあります。

  • 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
  • Bartolo Colon stats MiLB.com (英語)
 
業績
1956年-1966年
1967年-1969年
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1966年まではナショナルリーグと合わせて1人だけ選出。このテンプレートではアメリカンリーグの選手のみを表記。
アメリカンリーグ最多勝投手
1900年代
1910年代
1920年代
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
 
開幕投手
クリーブランド・ガーディアンズ開幕投手
1900年代
1910年代
1920年代
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
ニューヨーク・メッツ開幕投手
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
ロサンゼルス・エンゼルス開幕投手
1960年代
  • 61 イーライ・グルバー
  • 62 イーライ・グルバー
  • 63 ケン・マクブライド
  • 64 ケン・マクブライド
  • 65 フレッド・ニューマン(英語版)
  • 66 ディーン・チャンス
  • 67 ジョージ・ブルネット
  • 68 ジョージ・ブルネット
  • 69 ジム・マクグロスリン
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
ドミニカ共和国の旗 野球ドミニカ共和国代表 - 2006 ワールド・ベースボール・クラシック
監督
投手
捕手
内野手
外野手
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