ティム・ハドソン

ティム・ハドソン
Tim Hudson
アトランタ・ブレーブスでの現役時代
(2008年6月19日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ジョージア州コロンバス
生年月日 (1975-07-14) 1975年7月14日(48歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
170 lb =約77.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 ドラフト6巡目(全体185位)でオークランド・アスレチックスから指名
初出場 1999年6月8日 サンディエゴ・パドレス
最終出場 2015年10月1日 ロサンゼルス・ドジャース
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
この表について
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プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

ティモシー・アダム・ハドソンTimothy Adam Hudson ,1975年7月14日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州コロンバス出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

オークランド・アスレチックス在籍時には、2000年からバリー・ジトマーク・マルダーと共にエーストリオ "ビッグ3" を形成。以後4年で3人合わせて198勝(チーム勝利数の50.5%)を挙げ、チームは2003年まで4年連続ポストシーズン出場を果たした。

経歴

プロ入りとアスレチックス時代

オーバーン大学在学中の1997年MLBドラフトオークランド・アスレチックスから6巡目(全体185位)指名され、プロ入り。プロ入りするまでは高い身体能力のためユーティリティープレイヤーとして活躍していたが、プロ入り後は投手としてプレーすることに[1]

1999年はAA級ミッドランド・ロックハウンズで3連勝を記録し、AAA級バンクーバー・カナディアンズへ昇格してからも4連勝を記録。球団はトム・キャンディオッティを解雇し、ハドソンをメジャーへ昇格させ、6月8日サンディエゴ・パドレス戦でメジャーデビュー[2]。5回を投げ、初登板のア・リーグタイ記録となる11個奪三振を記録[1]。そのまま先発ローテーションに定着し、21試合の先発で11勝2敗を記録。オークランド移転後の新人選手(10勝以上)の中で最も高い勝率.846をマークし、防御率3.23は新人選手(100イニング以上)の中で4位となった[3]。新人王の投票では6位に入った。

2000年オールスターゲーム開催までに球団史上8年ぶりに二桁勝利を7月2日にマークし、オールスターに選出された[4]8月28日以降は2完封を含む7戦7勝で9月のピッチャー・オブ・ザ・マンスを受賞している。自己最多の20勝を挙げ、デビッド・ウェルズと共に最多勝利のタイトルを獲得し、サイ・ヤング賞の投票ではペドロ・マルティネスに次ぐ2位だった[5]。チームを8年ぶりの地区優勝に導いた。

2001年4月2日の開幕投手に指名され、リーグ最多の35試合に先発登板し、18勝9敗を記録した。

2002年は初めて防御率が2点台を記録した。

2003年は自己ベストの防御率2.70、自己最多の240イニングを投げ、16勝7敗を記録した。

2004年6月23日故障者リスト入りとなったため4年ぶりにオールスターゲームに選出されたが辞退した[6]7月31日には5年ぶりにマイナーの試合に登板した[6]。昨年に続きリーグ最多の2完封で12勝6敗を記録した。

ブレーブス時代

2004年12月16日フアン・クルーズら3選手とのトレードトレードで、アトランタ・ブレーブスへ移籍[7]。2005年シーズン終了後にFA権を取得するため球団は2005年3月1日に4年総額4700万ドル、2010年は球団オプションでこれを含めると5800万ドルの契約を結んだ[8][9]

2005年は6月から7月にかけて斜腹筋を痛め一時離脱したものの、後半戦の15先発すべてで6イニング以上投げ、8月は2試合連続完投勝利を挙げるなど安定した投球を披露。シーズントータルで14勝9敗・防御率3.52をマーク。また、8月6日のセントルイス・カージナルス戦では、202試合目の登板で通算100勝を達成。1970年以降では6番目に少ない登板での100勝であった[10]

2006年は1年を通して先発ローテーションを守り、リーグ最多の35試合に先発登板。5月1日には被安打1で完封勝利。しかし、防御率がリーグ平均を上回る4.86、13勝12敗でメジャーデビュー以来10勝利以上10敗未満の記録が7年で途切れてしまうなど精彩を欠いた。特に6月16日から7月1日の間は2002年5月4日から5月19日以来の4先発4連敗となった[11]7月29日ニューヨーク・メッツ戦では2003年5月30日以来となる自己ワーストタイの9自責点をマーク[11]。7月の防御率は8.80、シーズントータルの防御率は5点台にまで悪化するなど、絶不調に陥ってしまった。その一方で、病気と戦うアトランタの子どもたちへのチャリティ活動が認められ、ロベルト・クレメンテ賞にノミネートされた[12]

2007年は制球が定まり、打者一人当たり3.42球は自己最小となった[13]6月25日から8月20日にかけてこの年のリーグ最長となる9連勝をマークし[14]、2年連続で200投球回を上回り、4シーズンぶりに15勝以上をマークした。2008年は7月までに11勝をマークするなど順調だったが、8月にトミー・ジョン手術を受け、残りのシーズンは全休となったが、2009年のレギュラーシーズンの終盤以後は先発ローテーション投手として復帰した。

2013年4月30日ワシントン・ナショナルズ戦で、投げては7回3安打1失点、打っては5回に通算3本目の本塁打で、8対1で勝利し通算200勝を達成。200勝達成試合で本塁打を記録したのはメジャーリーグ史上2人目[15]

ジャイアンツ時代

2013年11月18日サンフランシスコ・ジャイアンツと2年総額2300万ドルで契約した[16][17]

2014年は、自身初のワールドシリーズ優勝を経験した。オフの11月にはジャイアンツとの契約が切れる2015年シーズン限りで引退する意向を表明した[18]

2015年7月26日に古巣であるアスレチックス戦に勝利し、全球団30球団勝利を達成した。また、上記の通りシーズン終了後に引退を表明。シーズン終盤の9月26日、かつての本拠地オー・ドットコー・コロシアムで行われたアスレチックス戦では、同じくこの年限り引退するバリー・ジトとの元ビッグ3同士の投げ合いが実現した[19]

引退後

現在は大学時代に過ごしたアラバマ州オーバーン在住[20]

大学時代から後に妻になるキムと共に慈善活動に積極的で、結婚後に「ハドソンファミリー財団」(Hudson Family Foundatio) [21]を立ち上げており、引退後の現在も主にジョージア州とアラバマ州の貧困家庭のサポート、チャリティーを続けている。

2018年に9年間在籍したアトランタ・ブレーブスのブレーブス殿堂入り[22]、アラバマスポーツ殿堂入り[23]を果たした。

2020年からは母校オーバーン大学野球部のボランティアアシスタント兼ピッチングコーチに就任している[24]

投球スタイル

大柄ではないがステップの広いダイナミックな投球フォームを持ち味とする[25]。140キロ台後半のノビのあるシンキング・ファストボールで打者をゴロで打たせ、早いカウントから勝負できるので球数が少なく、MLBでも屈指のグラウンドボールピッチャーである[13]。変化球は高速スライダー、スプリッターを決め球とし、カットボール、チェンジアップも投げる[13]。通算勝率が65.4%(2012年終了時)という勝率が高い投手である。 アスレチックス時代には同地区のイチローと何度となく対戦し、イチローは「ほとんど球が高めに来ない投手」と絶賛した。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1999 OAK 21 21 1 0 0 11 2 0 0 .846 580 136.1 121 8 62 2 4 132 6 0 56 49 3.23 1.34
2000 32 32 2 2 1 20 6 0 0 .769 847 202.1 169 24 82 5 7 169 7 0 100 93 4.14 1.24
2001 35 35 3 0 2 18 9 0 0 .667 980 235.0 216 20 71 5 6 181 9 1 100 88 3.37 1.22
2002 34 34 4 2 0 15 9 0 0 .625 983 238.1 237 19 62 9 8 152 7 1 87 79 2.98 1.25
2003 34 34 3 2 0 16 7 0 0 .696 967 240.0 197 15 61 9 10 162 6 0 84 72 2.70 1.08
2004 27 27 3 2 2 12 6 0 0 .667 793 188.2 194 8 44 3 12 103 4 1 82 74 3.53 1.26
2005 ATL 29 29 2 0 1 14 9 0 0 .609 817 192.0 194 20 65 5 9 115 4 0 79 75 3.52 1.35
2006 35 35 2 1 0 13 12 0 0 .520 959 218.1 235 25 79 10 9 141 7 0 129 118 4.86 1.44
2007 34 34 1 1 0 16 10 0 0 .615 925 224.1 221 10 53 8 8 132 5 2 87 83 3.33 1.22
2008 23 22 1 1 1 11 7 0 0 .611 573 142.0 125 11 40 5 2 85 3 1 53 50 3.17 1.16
2009 7 7 0 0 0 2 1 0 0 .667 180 42.1 49 4 13 0 0 30 0 0 17 17 3.61 1.47
2010 34 34 1 0 0 17 9 0 0 .654 920 228.2 189 20 74 8 9 139 5 0 74 72 2.83 1.15
2011 33 33 1 1 0 16 10 0 0 .615 884 215.0 189 14 56 6 15 158 10 0 86 77 3.22 1.14
2012 28 28 1 1 0 16 7 0 0 .696 749 179.0 168 12 48 2 9 102 3 0 77 72 3.62 1.21
2013 21 21 0 0 0 8 7 0 0 .533 534 131.1 120 10 36 3 2 95 2 0 60 58 3.97 1.19
2014 SF 31 31 1 0 0 9 13 0 0 .409 789 189.1 199 15 34 3 7 120 2 0 86 75 3.57 1.23
2015 24 22 0 0 0 8 9 0 0 .471 525 123.2 134 13 37 1 7 64 4 0 62 61 4.44 1.38
MLB:17年 482 479 26 13 7 222 133 0 0 .625 13005 3126.2 2957 248 917 84 124 2080 84 6 1319 1213 3.49 1.24
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル

表彰

  • カムバック賞:1回(2010年)
  • ハッチ賞:1回(2010年)

記録

背番号

  • 52(1999年)
  • 15(2000年 - 2013年)
  • 17(2014年 - 2015年)

脚注

  1. ^ a b 木村康之「後半戦を熱くする新人投手 TIM HUDSON」『月刊メジャー・リーグ』 1999年9月号、ベースボールマガジン社、1999年、雑誌 08625-9、42 - 43頁。
  2. ^ 「30球団マンスリーリポート オークランド・アスレチックス」『月刊メジャー・リーグ』1999年8月号、ベースボールマガジン社、1999年、雑誌 08625-8、93頁。
  3. ^ “Tim Hudson 1999 Career Highlights” (英語). 2008年4月20日閲覧。
  4. ^ “Tim Hudson 2000 Career Highlights” (英語). 2008年4月20日閲覧。
  5. ^ “Baseball Awards Voting for 2000 - Baseball-Reference.com” (英語). 2008年1月23日閲覧。
  6. ^ a b “Tim Hudson 2004 Career Highlights” (英語). 2008年4月20日閲覧。
  7. ^ “Tim Hudson Transactions” (英語). Baseball-Reference.com. 2009年3月22日閲覧。
  8. ^ Associated Press (2005年3月2日). “Hudson's deal could reach $58 million” (英語). 2008年4月20日閲覧。
  9. ^ “Tim Hudson 2005 Career Highlights” (英語). 2008年4月20日閲覧。
  10. ^ “2005 Career Highlights:MLB.com” (英語). 2008年1月23日閲覧。
  11. ^ a b “Tim Hudson 2006 Career Highlights” (英語). 2008年4月20日閲覧。
  12. ^ 田尻賢誉 「MLB30チーム・レポート&全選手シーズン最終成績 アトランタ・ブレーブス/ATL あわや初の負け越しシーズン」『スラッガー』2006年12月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌05456-12、79頁
  13. ^ a b c 村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』廣済堂出版、2008年、282頁頁。ISBN 978-4-331-51300-2。 
  14. ^ “Tim Hudson 2007 Career Highlights” (英語). 2008年4月20日閲覧。
  15. ^ ハドソン通算200勝 史上2人目自ら祝砲もスポーツニッポン2013年5月2日
  16. ^ “Giants to sign Tim Hudson to two-year, $23 million contract”. MLB Daily Dish (2013年11月18日). 2013年11月19日閲覧。
  17. ^ “Giants add veteran Hudson to rotation”. MLb.com (2013年11月18日). 2013年11月19日閲覧。
  18. ^ “Tim Hudson lining up retirement” (英語). ESPN (2014年11月19日). 2015年9月28日閲覧。
  19. ^ “Game is tribute to Zito, Hudson” (2015年9月27日). 2015年11月18日閲覧。
  20. ^ “About Tim and Kim Hudson” (英語). 2020年10月1日閲覧。
  21. ^ “Hudson Family Foundation” (英語). 2020年10月1日閲覧。
  22. ^ “Tim Hudson, Joe Simpson entering Braves HOF” (英語). 2020年10月1日閲覧。
  23. ^ “Tim Hudson – Alabama Sports Hall of Fame” (英語). 2020年10月1日閲覧。
  24. ^ “Baseball Coaches - Auburn University Athletics”. 2020年10月1日閲覧。
  25. ^ 月刊スラッガー』2002年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-4、41頁。

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、ティム・ハドソンに関連するカテゴリがあります。
  • 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
  • Tim Hudson stats MiLB.com (英語)
  • Hudson Family Foundation
  • HudsonFamilyFdn (@HudsonFamilyFdn) - X(旧Twitter)
  • Tim Hudson (@AUTimHudson) - X(旧Twitter)
  • Kim Hudson (@kimberlybhudson) - X(旧Twitter)
サンフランシスコ・ジャイアンツ 2014年のワールドシリーズ ロースター
   

監督
15 ブルース・ボウチー

コーチ
01 ティム・フラネリー(三塁)
05 ジョー・ラフィーバー(打撃補佐)
23 ロン・ウォタス(ベンチ)
26 マーク・ガードナー(ブルペン)
31 ヘンスリー・ミューレンス(打撃)
33 デイブ・リゲッティ(投手)
39 ロベルト・ケリー(一塁)

 
業績
アメリカンリーグ最多勝投手
1900年代
1910年代
1920年代
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
ナショナルリーグ カムバック賞
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
アトランタ・ブレーブス
球団
歴代本拠地
文化
永久欠番
ブレーブス球団殿堂
ワールドシリーズ優勝(04回)
ワールドシリーズ敗退(06回)
リーグ優勝(18回)
できごと
傘下マイナーチーム
 
開幕投手
オークランド・アスレチックス開幕投手
1900年代
1910年代
1920年代
1930年代
  • 30 レフティ・グローブ
  • 31 ルーベ・ウォルバーグ
  • 32 ジョージ・アーンショー
  • 33 トニー・フレイタス
  • 34 シュガー・ケイン
  • 35 シュガー・ケイン
  • 36 ビル・ディートリック
  • 37 エディー・スミス
  • 38 ハリー・ケリー
  • 39 ジョージ・キャスター
1940年代
  • 40 チャビー・ディーン
  • 41 チャビー・ディーン
  • 42 フィル・マーチャイルドン
  • 43 ラム・ハリス
  • 44 ラム・ハリス
  • 45 ボボ・ニューサム
  • 46 ラス・クリストファー
  • 47 フィル・マーチャイルドン
  • 48 フィル・マーチャイルドン
  • 49 ディック・ファウラー
1950年代
  • 50 カール・シャイブ
  • 51 ボビー・シャンツ
  • 52 アレックス・ケルナー
  • 53 アレックス・ケルナー
  • 54 ボビー・シャンツ
  • 55 アレックス・ケルナー
  • 56 アレックス・ケルナー
  • 57 トム・モーガン
  • 58 ネッド・ガーバー
  • 59 ボブ・グリム
1960年代
1970年代
1980年代
  • 80 リック・ラングフォード
  • 81 マイク・ノリス
  • 82 リック・ラングフォード
  • 83 リック・ラングフォード
  • 84 スティーブ・マキャーティー
  • 85 クリス・コディロリ
  • 86 クリス・コディロリ
  • 87 カート・ヤング
  • 88 デーブ・スチュワート
  • 89 デーブ・スチュワート
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
アトランタ・ブレーブス開幕投手
1870年代
1880年代
1890年代
1900年代
1910年代
  • 10 アル・マターン
  • 11 バスター・ブラウン
  • 12 ハブ・パーデュー
  • 13 ハブ・パーデュー
  • 14 レフティ・タイラー
  • 15 ディック・ルドルフ
  • 16 ディック・ルドルフ
  • 17 ディック・ルドルフ
  • 18 パット・ラガン
  • 19 ディック・ルドルフ
1920年代
  • 20 エディー・イーアー
  • 21 ジョー・オシュガー
  • 22 ジョー・オシュガー
  • 23 ティム・マクナマラ
  • 24 ジョー・ジェネウィッチ
  • 25 ジェシー・バーンズ
  • 26 ジョー・ジェネウィッチ
  • 27 ボブ・スミス
  • 28 ボブ・スミス
  • 29 ボブ・スミス
1930年代
  • 30 ソックス・サイボルト
  • 31 トム・ザカリー
  • 32 エド・ブラント
  • 33 ハック・ベッツ
  • 34 エド・ブラント
  • 35 エド・ブラント
  • 36 ダニー・マクフェイデン
  • 37 ガイ・ブッシュ
  • 38 ダニー・マクフェイデン
  • 39 ジム・ターナー
1940年代
  • 40 ビル・ポーズデル
  • 41 ディック・エリックソン
  • 42 アル・ハバリー
  • 43 アル・ハバリー
  • 44 アル・ハバリー
  • 45 アル・ハバリー
  • 46 ジョニー・セイン
  • 47 ジョニー・セイン
  • 48 ジョニー・セイン
  • 49 ジョニー・セイン
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
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