ケープ植民地

ケープ植民地
Cape Colony(英語)
Kaapkolonie(オランダ語)
オランダ海上帝国 1795年 - 1910年 南アフリカ連邦
バストランド
ケープ植民地の国旗 ケープ植民地の国章
(国旗) (国章)
国の標語: Spes Bona
ラテン語: 希望
国歌: God Save the King(英語)
国王陛下万歳
ケープ植民地の位置
公用語 英語オランダ語[1]
首都 ケープタウン
国王
1795年 - 1820年 ジョージ3世
1901年 - 1910年エドワード7世
総督
1797年 - 1798年ジョージ・マカートニー
1901年 - 1910年ウォルター・ヘリー=ハッチンソン(英語版)
面積
1910年569,020km²
人口
1910年2,564,925人
変遷
アフリカ分割 1795年
オランダ植民地1803年 - 1806年
ロンドン条約によりイギリスへ譲渡1814年
南アフリカ連邦へ併合1910年
通貨スターリング・ポンド
現在南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国
  1. ^ オランダ語が公用語であったのは1806年まで。
テーブル湾に上陸するヤン・ファン・リーベック

ケープ植民地(ケープしょくみんち、英語: Cape Colonyオランダ語アフリカーンス語: Kaapkolonie)は、かつてオランダ東インド会社が設立した、南アフリカにあった植民地ケープタウンを中心に発展し、1795年にイギリス領植民地となった。

歴史

南アフリカにおいて、オランダは最初のヨーロッパ人植者になろうと計画していた。なお、彼らの行動は、後世においてアフリカ大陸へのヨーロッパ列強侵攻を広範にもたらす結果となった。

オランダ人による最初のケープ定住は、1652年オランダ東インド会社(以下、会社と略)が、本国と東インド諸島(現・インドネシア)や日本長崎出島間を往復するオランダ艦船の補給基地及び停泊地としたことで始まった。同年4月6日、3隻の艦船を率いた司令官ヤン・ファン・リーベックが、のちのケープタウンとなる地に足を踏み入れたのである。補給所は次第に定住者コミュニティーとなり、南アフリカの白人層を構成するアフリカーナーらの祖先となった。

元々地元で暮らしていたコイコイ人は、強い政治組織も経済基盤も持っていなかった。彼らはオランダ船と自由に家畜物々交換していた。会社の社員がケープ停泊地へ食料を供給するための農場をつくると、彼らはコイコイ人らを迫害し始めた。この対立はヨーロッパ人の地主らの統合・整理を推し進め、コイコイ人社会は崩壊した。1670年代軍事的成功が、オランダのコイコイ人に対する管理の強化をもたらした。コイコイ人は、植民地の雇われ労働者の主要供給源となったのである。

植民地は奴隷も輸入した。奴隷制度は、突然現れ表面的には白人のアフリカーナーとその他人種との間の関係のため調和となった。自由民であろうとなかろうと、有色人種はすぐに奴隷たちと同一視された。

最初の定住者たちが会社の補給地周囲に広がった後、遊牧を行う白人家畜農家やトレックボーア(en:Trekboer、荷車で移動するアフリカーナー)たちは、さらに広範に遠く離れ、限られた者は裕福になり、内部の乾燥した台地の代わりに沿岸の土地で農業をした。彼らは良質な牧草地を求め、コイコイ人の家畜農家らといまだに競い合っていた。1700年頃、伝統的なコイコイ人の牧畜生活様式は消滅した。

この時代のケープ植民地社会は多様なものだった。会社の官吏たち(オランダ改革派教会聖職者も含む)、アフリカーナー(移住した植民者と遊牧するトレックボーア)らは会社の中で相対する立場から別々に成長していった。コイコイ人と、様々な国籍の奴隷たちは、全て違った法で統治されていた。異なった人種間の結婚と、主人と奴隷の同棲が生じ、混血が進んだことで、複雑性を加えた。入植者の言語である新たにできあがったケープ特有のアフリカーンス語の出現は、オランダ人にはわかりやすく、オランダ移民自身が文化の変容過程でこの言葉を受け入れていったことがわかる。1795年以降のイギリス支配で、近代南アフリカが宣言した人種隔離政策であるアパルトヘイトの基本となった社会政治体制が、確固として据えられた。

1795年、フランス革命軍が、オランダ東インド会社の母国ネーデルラント共和国占領した。この事態に機敏に動いたイギリスが、オランダ東インド会社の所有する領土を占領した。ケープ植民地は、フランスがインドで領土を獲得しようとするどのような潜在的な試みも止められる、シーレーンを管理するのに適した地点にあったからである。1798年、オランダ東インド会社はその領土と権利とをバタヴィア共和国(革命軍占領下のオランダ国家)へ移管、そして翌1799年、会社は消滅した。イギリスとフランス第一帝政・フランスの傀儡国家バタヴィア共和国との関係が改善されると、1803年アミアンの和約によってケープ植民地はバタヴィアへ返還された。

1806年、名目上バタヴィア共和国の管理下にあったケープ植民地は、ブラーウベルグの戦い(en:Battle of Blaauwberg)で勝利したイギリスによって再征服された。同時期のイギリスとフランス第一帝政間の和平はあからさまな敵意によって粉々に打ち砕かれた。ナポレオン・ボナパルトはバタヴィアへの影響力を強めてきていたのである。同年にナポレオンはバタヴィアを廃止し、新たにホラント王国を創設する。イギリスは、ナポレオンをケープ植民地から閉め出すことと、極東への交易路を手中に置くことを望んでいた。

イギリスは、1806年1月8日にイギリス領植民地を発足させた。ケープ植民地は、1910年南アフリカ連邦(現在の南アフリカ共和国の前身)が発足するまでイギリス支配下に留め置かれた。連邦に含まれてから、名称はケープ・オブ・グッド・ホープ州(通称であるケープ州の名が広く知られた)とされた。

ケープ植民地総督(1652年-1910年)

ケープ植民地創設者ヤン・ファン・リーベック(en:Jan van Riebeeck)の称号は、ケープ植民地司令官(Opperhoof)で、彼は1652年から1662年までその地位にあった。総督の称号は、当時権力を持っていたオランダ、そしてイギリス両国の植民地行政管理官に継承され、長い系譜が残った。

ケープ植民地総督

  • ヤン・ファン・リーベック (1652年 - 1662年)
  • ツァハリアス・ヴァグナー(en:Zacharias Wagenaer) (1662年 - 1666年)
  • コルネリス・ファン・クアルベルフ(Cornelis van Quaelberg) (1666年 - 1668年)
  • ヤコブ・ボルフホルスト(Jacob Borghorst) (1668年 - 1670年)
  • ピーテル・ハキウス(Pieter Hackius) (1670年 - 1671年)
  • アルベルト・ファン・ブレウヘル(Albert van Breugel、臨時代理)(1672年)
  • イスブラント・ホスケ(Isbrand Goske) (1672年 - 1676年)
  • ヨハン・バクス・ディト・ファン・ヘレンタルス(Johan Bax dit van Herenthals) (1676年 - 1678年)
  • ヘンドリック・クルドップ(Hendrik Crudop、臨時代理) (1678年 - 1679年)
  • シモン・ファン・デル・ステル(nl:Simon van der Stel) (1679年 - 1691年)

オランダ東インド会社植民地総督(1691年-1795年)

  • シモン・ファン・デル・ステル(再任:1691年 - 1699年)
  • ヴィレム・アドリアーン・ファン・デル・ステル(en:Willem Adriaan van der Stel) (1699年 - 1707年)
  • ヨハンネス・コルネリス・ダルブレインフ(Johannes Cornelis d’Ableing、臨時代理)(1707年 - 1708年)
  • ルイス・ファン・アッセンブルフ(Louis van Assenburg)(1708年 - 1711年)
  • ヴィレム・ヘロト(Willem Helot、臨時代理)(1711年 - 1714年)
  • マウリッツ・パスケス・デ・シャヴォンネス(Maurits Pasques de Chavonnes)(1714年 - 1724年)
  • ヤン・デ・ラ・フォンタイネ(Jan de la Fontaine、臨時代理)(1724年 - 1727年)
  • ピーテル・ヒイスベルト・ノート(Pieter Gijsbert Noodt) (1727年 - 1729年),
  • ヤン・デ・ラ・フォンタイネ(臨時代理)(1729年 - 1737年)
  • ヤン・デ・ラ・フォンタイネ(1737年)
  • アドリアーン・ファン・ケルフェル(Adriaan van Kervel) (1737年) (在職3週間で急死)
  • ダニエル・ファン・デン・ヘンフェル(Daniël van den Henghel、臨時代理)(1737年 - 1739年)
  • ヘンドリック・スフェレンフレベル(nl:Hendrik Swellengrebel) (April 14, 1739 - February 27, 1751)
  • リーク・トゥルバフ(en:Ryk Tulbagh) (February 27, 1751 - August 11, 1771)
  • ヨアキム・ファン・プラッテンベルフ(en:Joachim van Plettenberg) (臨時代理) (August 11, 1771 - May 18, 1774)
  • ヨアキム・ファン・プラッテンベルフ(May 18, 1774 - February 14, 1785)
  • コルネリス・ヤコブ・ファン・デ・グラーフ(Cornelis Jacob van de Graaff) (1785年 - 1791年)
  • ヨハンネス・イザーク・レニウス(Johannes Izaac Rhenius、臨時代理) (1791年 - 1792年)
  • セバスティアーン・コルネリス・ネーダーブルフ(Sebastiaan Cornelis Nederburgh)とシモン・ヘンドリック・フリーケニウス(Simon Hendrik Frijkenius、行政長官兼将軍)(1792年 - 1793年)
  • アブラハム・ヨシアス・スルイスケン(Abraham Josias Sluysken) (1793年 - 1795年)

イギリス植民地第一期(1797年-1803年)

  • マカートニー伯ジョージ・マカートニー (1797年 - 1798年)
  • フランシス・ダンダス(en:Francis Dundas) (一回目) (臨時代理) (1798年 - 1799年)
  • ジョージ・ヤング(Sir George Yonge) (1799年 - 1801年)
  • フランシス・ダンダス (二回目) (臨時代理) (1801年 - 1803年)

バタヴィア共和国領(1803年-1806年)

  • ヤコブ・アブラハム・ウイテンハーヘ・デ・ミスト(Jacob Abraham Uitenhage de Mist) (1803年 - 1804年)
  • ヤン・ヴィレム・ヤンセンス(en:Jan Willem Janssens) (1803年 - 1806年)

イギリス植民地第二期(1806年-1910年)

  • デイヴィッド・ベアード(en:Sir David Baird) (臨時代理) (1806年 - 1807年)
  • ヘンリー・ジョージ・グレイ(Henry George Grey) (一回目、臨時代理) (1807年)
  • 2代ケイルドン伯デュ・プレ・アレクサンダー(en:Du Pre Alexander, 2nd Earl of Caledon) (1807年 - 1811年)
  • ヘンリー・ジョージ・グレイ (二回目、臨時代理)(1811年)
  • ジョン・フランシス・クラドック(en:Sir John Francis Cradock) (1811年 - 1814年)
  • ロバート・ミード(Robert Meade、クラドックの臨時代理を務める)(1813年 - 1814年)
  • チャールズ・ヘンリー・サマセット(Charles Somerset) (1814年 - 1826年)
  • ルフェイン・ショウ・ドンキン(Sir Rufane Shaw Donkin) (サマセットの臨時代理を務める) (1820年 - 1821年)
  • リチャード・ボーク(en:Richard Bourke、臨時代理)(1826年 - 1828年)
  • ガルブレイス・ロウリー・コール(Sir Galbraith Lowry Cole) (1828年 - 1833年)
  • トーマス・フランシス・ウェイド(en:Thomas Francis Wade、ダーバンの臨時代理を1834年1月10日から務める) (1833年 - 1834年)
  • ベンジャミン・ダーバン(en:Benjamin d'Urban) (1834年 - 1838年)
  • ジョージ・トーマス・ネイピア(Sir George Thomas Napier) (1838年 - 1844年)
  • ペリグリン・メイトランド(Sir Peregrine Maitland) (1844年 - 1847年)
  • ヘンリー・ポッテンガー(Sir Henry Pottinger) (1847年)
  • ハリー・スミス(Sir Harry Smith) (1847年 - 1852年)
  • ジョージ・カスカート(en:George Cathcart) (1852 - 1854)
  • チャールズ・ヘンリー・ダーリング(en:Charles Henry Darling、臨時代理)(1854年)
  • ジョージ・エドワード・グレイ(Sir George Grey) (1854年 - 1861年)
  • ロバート・ヘンリー・ウィンヤード(en:Robert Henry Wynyard、一回目、グレイの臨時代理) (1859年 - 1860年)
  • ロバート・ヘンリー・ウィンヤード(二度目、臨時代理)(1861年 - 1862年)
  • フィリップ・エドモンド・ウォドハウス(Sir Philip Edmond Wodehouse) (1862年 - 1870年)
  • チャールズ・クラウファード・ヘイ(Charles Craufurd Hay、臨時代理)(1870年)
  • ヘンリー・バークリー(Sir Henry Barkly) (1870年 - 1877年)
  • ヘンリー・バートル・フレア(en:Henry Bartle Frere) (1877年 - 1880年)
  • ヘンリー・ヒュー・クリフォード(en:Henry Hugh Clifford、臨時代理)(1880年)
  • ジョージ・クミン・ストラハン(Sir George Cumine Strahan、臨時代理) (1880年 - 1881年)
  • ハークルス・ロビンソン(Hercules Robinson、一回目)(1881年 - 1889年)
  • レスター・スマイス(Leicester Smyth|Sir Leicester Smyth、一回目、ロビンソンの臨時代理)(1881年)
  • レスター・スマイス(二回目、ロビンソンの臨時代理)(1883年 - 1884年)
  • ヘンリー・ドイリー・トレンス(Henry D'Oyley Torrens、ロビンソンの臨時代理)(1886年)
  • ヘンリー・オーガスタス・スマイス(Henry Augustus Smyth、臨時代理)(1889年)
  • ヘンリー・ブロウガム・ロック(Henry Brougham Loch) (1889年 – 1895年)
  • ウィリアム・ゴードン・キャメロン(Sir William Gordon Cameron、一回目、ロックの臨時代理)(1891年 - 1892年)
  • ウィリアム・ゴードン・キャメロン(二回目、ロックの臨時代理)(1894年)
  • ハークルス・ロビンソン(二回目) (1895年 - 1897年)
  • ウィリアム・ハウリー・グッドイナフ(William Howley Goodenough、臨時代理) (1897年)
  • アルフレッド・ミルナー(Alfred Milner) (1897年 - 1901年)
  • ウィリアム・フランシス・バトラー(Sir William Francis Butler、ミルナーの臨時代理)(1898年 - 1899年)
  • ウォルター・ヘリー=ハッチンソン(Walter Hely-Hutchinson) (1901年 - 1910年)
  • ヘンリー・ジェンナー・スコベル(Sir Henry Jenner Scobell、ヘリー=ハッチンソンの臨時代理)(1909年)

南アフリカの高等行政官職は、1847年1月27日から1910年5月31日までケープ植民地総督が兼任した。なお、南アフリカ連邦合併により、ケープ植民地総督職は、1910年5月31日をもって廃止された。

ケープ植民地首相

  • ジョン・チャールズ・モルテノ(en:John Charles Molteno) (1872年 - 1878年)
  • ジョン・ゴードン・スプリッグ(Sir John Gordon Sprigg、一回目)(1878年 - 1881年)
  • トーマス・チャールズ・スカンレン(en:Thomas Charles Scanlen )(1881年 - 1884年)
  • トーマス・アピントン(en:Thomas Upington) (1884年 - 1886年)
  • ジョン・ゴードン・スプリッグ(二回目)(1886年 - 1890年)
  • セシル・ローズ(1890年 - 1896年)
  • ジョン・ゴードン・スプリッグ(三回目)(1896年 - 1898年)
  • ウィリアム・フィリップ・シュライナー(en:William Philip Schreiner) (1898年 - 1900年)
  • ジョン・ゴードン・スプリッグ(四回目)(1900年 - 1904年)
  • ランダー・スター・ジェイムソン(en:Leander Starr Jameson) (1904年 - 1908年)
  • ジョン・クサヴィエ・メリマン(en:John X. Merriman) (1908年 - 1910年)

ケープ植民地首相は南アフリカ連邦への編入により1910年5月31日をもって廃止された。

参考文献

この参考文献は翻訳元の英語版作成時に参考としたものであり、日本語版作成時には参考としていない。

  • Beck, Roger B. (2000). The History of South Africa. Westport, CT: Greenwood. ISBN 031330730X.
  • Davenport, T. R. H., and Christopher Saunders (2000). South Africa: A Modern History, 5th ed. New York: St. Martin's Press. ISBN 0312233760.
  • Elbourne, Elizabeth (2002). Blood Ground: Colonialism, Missions, and the Contest for Christianity in the Cape Colony and Britain, 1799-1853. McGill-Queen's University Press. ISBN 0-7735-2229-8.
  • Le Cordeur, Basil Alexander (1981). The War of the Axe, 1847: Correspondence between the governor of the Cape Colony, Sir Henry Pottinger, and the commander of the British forces at the Cape, Sir George Berkeley, and others. Brenthurst Press. ISBN 0-909079-14-5.
  • Mabin, Alan (1983). Recession and its aftermath: The Cape Colony in the eighteen eighties. University of the Witwatersrand, African Studies Institute. ASIN B0007C5VKA
  • Ross, Robert, and David Anderson (1999). Status and Respectability in the Cape Colony, 1750-1870 : A Tragedy of Manners. Cambridge University Press. ISBN 0-521-62122-4.
  • Theal, George McCall (1970). History of the Boers in South Africa; Or, the Wanderings and Wars of the Emigrant Farmers from Their Leaving the Cape Colony to the Acknowledgment of Their Independence by Great Britain. Greenwood Press. ISBN 0-8371-1661-9.
  • Van Der Merwe, P.J., Roger B. Beck (1995). The Migrant Farmer in the History of the Cape Colony. Ohio University Press. ISBN 0-8214-1090-3.
  • Worden, Nigel, Elizabeth van Heyningen, and Vivian Bickford-Smith (1998). Cape Town: The Making of a City. Cape Town: David Philip. ISBN 0864864353.

関連項目

外部リンク

  • Dr Cyril Hromník on research into ancient history of Africa - an article written by Maré Mouton.


アフリカ
オランダ国旗
アメリカ
アジアとオセアニア
北極
  • スメーレンブルク
関連項目

* 現在は英連邦王国  ·   現在はイギリス連邦の一員

ヨーロッパ

12世紀
1337-1453  フランス

18世紀
1708–1757  メノルカ島
1713-  ジブラルタル
1763–1782  メノルカ島
1798–1802  メノルカ島

19世紀
1800–1964  マルタ直轄植民地
1801-1921  アイルランド
1807–1890  ヘルゴラント島
1809–1864  イオニア諸島合衆国

20世紀
1921-1937  アイルランド自由国

北アメリカ

17世紀
1607–1776  バージニア
1610–1907  ニューファンドランド
1619-  バミューダ諸島
1620–1691  プリマス
1629–1691  マサチューセッツ湾植民地
1632–1776  メリーランド
1636–1776  コネチカット
1636–1776  ロードアイランド
1637–1662  ニューヘイブン植民地
1663–1712  カロライナ
1664–1776  ニューヨーク
1665–1674 及び 1702-1776  ニュージャージー
1670–1870  ルパート・ランド
1674–1702  東ジャージー
1674–1702  西ジャージー
1680–1776  ニューハンプシャー
1681–1776  ペンシルベニア
1686–1689  ニューイングランド
1691–1776  マサチューセッツ

18世紀
1701–1776  デラウェア
1712–1776  ノースカロライナ
1712–1776  サウスカロライナ
1713–1867  ノバスコシア
1733–1776  ジョージア
1763–1873  プリンスエドワード諸島
1763–1791  ケベック植民地
1763–1783  東フロリダ
1763–1783  西フロリダ
1784–1867  ニューブランズウィック
1791–1841  ローワー・カナダ
1791–1841  アッパー・カナダ

19世紀
1818–1846  コロンビア地区 / オレゴン・カントリー1
1841–1867  カナダ植民地
1849–1866  バンクーバー諸島
1853–1863  クイーンシャーロット諸島植民地
1858–1866  ブリティッシュ・コロンビア領
1859–1870  北西領
1862–1863  スティキン領
1866–1871  バンクーバー島・ブリティッシュコロンビア連合植民地
1867–1931  *カナダ (ドミニオン)2

20世紀
1907–1949  ニューファンドランド3

^1アメリカ合衆国と共同占有。
^21931年、ウェストミンスター憲章によりカナダと他のイギリス自治領は自らの政府を持つ。(イギリス連邦も参照)
^31934年に自治政府を自ら放棄し、1949年にカナダに編入されるまで事実上のイギリス自治領。

ラテンアメリカとカリブ海

17世紀
1605–1979  *セントルシア
1623–1883  セントキッツ・ネイビス
1624–1966  ·バルバドス
1625–1650  セント・クロイ島
1627–1979  *セントビンセント・グレナディーン
1628–1883  セントキッツ・ネイビス
1629–1641  セント・アンドリュー・プロビデンス諸島4
1632-  モントセラト
1632–1860  アンティグア(アンティグア・バーブーダ)
1643–1860  バイア諸島
1650-  アンギラ
1651–1667  ウィロフビーランド(スリナム)
1655–1850  モスキート湾
1655–1962  *ジャマイカ植民地
1666-  イギリス領ヴァージン諸島
1670-  ケイマン諸島
1670–1973  *バハマ
1670–1688  セント・アンドリュー・プロビデンス諸島4
1671–1816  リーワード諸島

18世紀
1762–1974  *グレナダ
1763–1978  ドミニカ
1799-  タークス・カイコス諸島

19世紀
1831–1966  ギアナ(ガイアナ)
1833–1960  ウィンドワード諸島
1833–1960  リーワード諸島
1860–1981  *アンティグア・バーブーダ
1871–1964  ホンジュラス(ベリーズ)
1882–1983  *セントキッツ・ネイビス
1889–1962  トリニダード・トバゴ

20世紀
1958–1962  西インド連邦

^4現在のコロンビアサン・アンドレス・イ・プロビデンシア県

アフリカ

18世紀
1792–1961  シエラレオネ
1795–1803  ケープ植民地

19世紀
1806–1910  ケープ植民地
1816–1965  ガンビア
1856–1910  ナタール植民地
1868–1966  バストランド(レソト)
1874–1957  ゴールド・コースト
1882–1922  エジプト
1884–1966  ベチュアナランド(ボツワナ)
1884–1960  ソマリランド
1887–1897  ズールーランド
1888–1894  マタベレランド
1890–1980  南ローデシア(ジンバブエ)
1890–1962  ウガンダ
1890–1963  ザンジバル(タンザニア)
1891–1964  ニヤサランド(マラウイ)
1891–1907  中央アフリカ
1893–1968  スワジランド
1895–1920  東アフリカ
1899–1956  スーダン

20世紀
1900–1914  北ナイジェリア
1900–1914  南ナイジェリア
1900–1910  オレンジ川植民地
1900–1910  トランスヴァール植民地
1906–1954  ナイジェリア植民地
1910–1931  南アフリカ
1911–1964  北ローデシア(ザンビア)
1914–1954  ナイジェリア
1915–1931  南西アフリカ(ナミビア)
1919–1960  カメルーンズ(カメルーン) 5
1920–1963  ケニア植民地
1922–1961  タンガニーカ(タンザニア) 5
1942-1951  リビア
1949-1951  キレナイカ首長国
1954–1960  ナイジェリア連邦

^5国際連盟委任統治

アジア

17世紀
1685-1824  ブンクル州
スマトラ島

18世紀
1702–1705  コンダオ諸島
1757–1947  西ベンガル(インド)とバングラデシュ
1762–1764  フィリピン
1795–1948  セイロン(スリランカ)
1796–1965  モルディブ

19世紀
1819–1826  マレー半島・シンガポール
1826–1946  海峡植民地
1839–1967  アデン植民地
1841–1997  香港
1841–1941  サラワク王国(マレーシア)
1854-1963  上海租界
1848-1946  ラブアン直轄植民地
1858–1947  イギリス領インド(インド、パキスタン、バングラデシュ、ビルマ)
1860-1943  天津租界
1861-1927  漢口租界
1861-1927  鎮江租界
1861-1927  九江租界
1862-1943  沙面租界
1862-1930  厦門租界
1863-1943  上海共同租界
1882–1963  北ボルネオ(マレーシア)
1885–1946  非連合マレー諸国
1888–1984  ブルネイ・スルターン国
1888–1946  スールー王国
1891–1971  マスカット・オマーン
1892–1971  トルシアル諸国保護領
1895–1946  連合マレー諸国
1898–1930  威海衛租借地
1898-1997  新界租借地
1878–1960  キプロス

20世紀
1902-1943  鼓浪嶼共同租界
1918–1961  クウェート
1920–1932  イラク5
1921–1946  トランスヨルダン5
1923–1948  パレスチナ5
1941-1946  イラン
1945–1946  南ベトナム
1946–1948  マラヤ連合
1946–1952  連合国として日本占領
1946–1963  サラワク(マレーシア)
1948–1957  マラヤ連邦(マレーシア)
since 1960  アクロティリおよびデケリア(かつてのキプロスの一部)
since 1965  イギリス領インド洋地域

^5国際連盟委任統治

オセアニア

18世紀
1788–1901  ニューサウスウェールズ

19世紀
1803–1901  ヴァン・ディーメンズ・ランド/タスマニア
1807–1863  オークランド諸島6
1824–1980  ニューヘブリディーズ諸島(バヌアツ)
1824–1901  クイーンズランド
1829–1901  スワン川植民地/西オーストラリア
1836–1901  南オーストラリア
since 1838  ピトケアン諸島
1841–1907  ニュージーランド植民地
1851–1901  ビクトリア
1874–1970  フィジー7
1877–1976  イギリス領西太平洋
1884–1949  パプア領
1888–1965  クック諸島6
1889–1948  トケラウ6
1892–1979  ギルバート・エリス諸島8
1893–1978  イギリス領ソロモン諸島9

20世紀
1900–1970  トンガ
1900–1974  ニウエ6
1901–1942  *コモンウェルス・オブ・オーストラリア
1907–1953  *ニュージーランド
1919–1942  ナウル
1945–1968  ナウル
1919–1949  ニューギニア領
1949–1975  パプアニューギニア領10

^6現在はニュージーランド王冠の一部
^7延期メンバー
^8現在はキリバスツバル
^9現在はソロモン諸島
^10現在はパプアニューギニアの一部

南極大陸と南大西洋

17世紀
1659-  セントヘレナ

19世紀
1815-  アセンション島11
1816-  トリスタンダクーニャ11
1833-  フォークランド諸島12

20世紀
1908-  イギリス領南極地域1314
1908-  サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島1213

^111922年(アセンション島)よりセントヘレナの、1938年より(トリスタンダクーニャ)の属領
^12フォークランド戦争中の1982年4月から6月までアルゼンチンの占領下
^131908年より主張されている
^14南極条約により領土主権や請求権は凍結されている

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