フレデリック・ヴィンソン

フレデリック・ヴィンソン
Frederick Vinson
生年月日 (1890-01-22) 1890年1月22日
出生地 アメリカ合衆国 ケンタッキー州ルイザ
没年月日 (1953-09-08) 1953年9月8日(63歳没)
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
出身校 センター大学
イースタン・ケンタッキー大学
所属政党 民主党
配偶者 ジュリア・ディクソン
子女 2人

在任期間 1945年7月23日 - 1946年6月23日
大統領 ハリー・S・トルーマン

選挙区 ケンタッキー州の旗 ケンタッキー州第8地区
ケンタッキー州の旗 ケンタッキー州第9地区
在任期間 1924年1月24日 - 1929年3月3日
1931年3月4日 - 1933年3月3日
1933年3月4日 - 1938年5月27日
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フレデリック・ムーア・ヴィンソン英語: Frederick Moore Vinson1890年1月22日1953年9月8日)は、アメリカ合衆国の政治家。ケンタッキー州選出連邦下院議員、最高裁判所長官、財務長官などを歴任し、司法機関・立法機関行政機関の3部門全てに務めた経歴を持つ。

生涯

青年時代

1890年1月22日にケンタッキー州ローレンス郡ルイザの刑務所で誕生した。ヴィンソンの父親はローレンス郡の刑務官として勤務しており、幼い頃から刑務所内で父親の手伝いをしていた。1908年にケンタッキー師範学校を卒業し、センター大学に入学した。そして大学を首席で卒業してルイザで弁護士となり、その後はルイザ市検事に選出された。1914年7月に始まった第一次世界大戦の期間中にヴィンソンは陸軍に所属し、1918年11月の終結後はケンタッキー州第32司法管轄地区の州検事に選出された。

連邦下院議員時代

1924年1月にウィリアム・フィールズのケンタッキー州知事就任に伴い、空席となったケンタッキー州第9選挙区の下院議員補欠選挙に立候補して当選した。その後は1938年5月まで連邦下院議員を務めた。

連邦下院議員を務めている間に、当時はミズーリ州選出連邦上院議員だったハリー・トルーマンと知り合い、非常に親しい仲となった。1950年代初めに大統領に就任していたトルーマンが2期目の大統領選挙に出馬しないことを決めた際、トルーマンはヴィンソンに次期大統領選挙への出馬を要請した。しかしながらトルーマンの推薦をヴィンソンが断ったため、民主党は1952年アメリカ合衆国大統領選挙アドレー・スティーブンソンを出馬させた。

控訴裁判所裁判官時代

1937年12月にフランクリン・ルーズベルト大統領からコロンビア特別区巡回控訴裁判所の裁判官に指名された。ヴィンソンはこれを受諾して議員生活に幕を下ろし、1943年5月に辞任するまで同職を務めた。

財務長官時代

1943年5月に経済安定局長官の席に就く為、非常事態裁判所長官の座を退いた。その後は1945年3月6日から4月3日まで連邦借款庁長官、4月4日から7月22日まで戦時動員再転換局長官を務め、7月23日に財務長官に就任した。

財務長官としてのヴィンソンの任務は、第二次世界大戦によって揺らいだアメリカ経済を安定させることであり、アメリカ合衆国の財務状態を戦後の世界情勢に適応させることであった。終戦直前にヴィンソンは大規模な戦時公債を募った。

1945年9月に第二次世界大戦が終結すると、ヴィンソンはアメリカ合衆国からの借款のうち最大の借款であった1940年イギリス借款・同盟国に実施した経済支援と武器支援の清算について協議した。また民間投資を促進させるため、1945年の国税法で減税を行った。1944年7月のブレトン・ウッズ会議で合意された国際復興開発銀行国際通貨基金の設立を指揮し、国際復興開発銀行と国際通貨基金の初代議長を務めた。1946年6月に財務長官を退任した。

最高裁判所長官時代

1946年6月に最高裁判所長官に就任したが、この時最高裁判所は大きく2つの派閥に分裂していた。一方は南部出身のヒューゴ・ブラック、もう一方はニューヨーク出身のロバート・ジャクソンであった。互いに会話をしたことも無い裁判官もいたが、ヴィンソンは少なくとも個人的なレベルではこの亀裂を修復することに成功した。

最高裁判所長官として、77の判決の主文理由と13の判決の反対意見を執筆した。その反対意見の中で最も注目的なものは、1952年6月3日に下されたヤングスタウン・シート・アンド・チューブ社対チャールズ・ソーヤー商務大臣の判決である。この裁判は鉄鋼業界のストライキを回避するためにトルーマン大統領が行使したタフト・ハートリー法の合憲性を問うものであった。最高裁判所はタフト・ハートリー法の行使は認めたが、同時にタフト・ハートリー法を違憲であると判断した。

家族

1924年1月にロバータ・ディクソンと結婚し、2人の間にフレデリック・ヴィンソン・ジュニアとジェイムズ・ヴィンソンの2人の息子が誕生した。1953年9月8日の早朝にワシントンD.C.にて、心臓発作によって63歳で死去した。フレデリック・ヴィンソン最高裁判所長官の遺体は、ケンタッキー州ルイザのパインヒル墓地に埋葬された。

脚注


外部リンク

  • Secretaries of the Treasury - Frederick Moore Vinson - アメリカ合衆国財務省の公式サイト[1]内の、ヴィンソンルの紹介ページ (英語)
  • Biographical Directory of the United States Congress - VINSON, Frederick Moore - アメリカ合衆国議会の人名辞典サイト[2]内の、ヴィンソンの項目 (英語)
先代
ヘンリー・モーゲンソウ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国財務長官
第53代:1945年7月23日 - 1946年6月23日
次代
ジョン・スナイダー
先代
ハーラン・ストーン
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国最高裁判所首席裁判官
第13代:1946年6月24日 - 1953年9月8日
次代
アール・ウォーレン
Seal of the United States Department of the Treasury
 
  1. ジョン・ジェイ (1789–1795(英語版)判例(英語版))
  2. ジョン・ラトリッジ (1795(英語版)判例(英語版))
  3. オリバー・エルスワース (1796–1800(英語版)判例(英語版))
  4. ジョン・マーシャル (1801–1835(英語版)判例(英語版))
  5. ロジャー・B・トーニー (1836–1864(英語版)判例(英語版))
  6. サーモン・P・チェイス (1864–1873(英語版)判例(英語版))
  7. モリソン・ワイト(英語版) (1874–1888(英語版)判例(英語版))
  8. メルヴィル・フラー(英語版) (1888–1910(英語版)判例(英語版))
  9. エドワード・ダグラス・ホワイト (1910–1921(英語版)判例(英語版))
  10. ウィリアム・ハワード・タフト (1921–1930(英語版)判例(英語版))
  11. チャールズ・エヴァンズ・ヒューズ (1930–1941(英語版)判例(英語版))
  12. ハーラン・F・ストーン (1941–1946(英語版)判例(英語版))
  13. フレッド・M・ヴィンソン (1946–1953(英語版)判例(英語版))
  14. アール・ウォーレン (1953–1969(英語版)判例(英語版))
  15. ウォーレン・E・バーガー(英語版) (1969–1986(英語版)判例(英語版))
  16. ウィリアム・レンキスト (1986–2005(英語版)判例(英語版))
  17. ジョン・ロバーツ (2005–現職判例(英語版))
 
  1. J・ラトリッジ* (1790–1791)
  2. クッシング (1790–1810)
  3. ウィルソン (1789–1798)
  4. ブレア (1790–1795)
  5. アイアデル (1790–1799)
  6. T・ジョンソン (1792–1793)
  7. パターソン (1793–1806)
  8. S・チェイス (1796–1811)
  9. ワシントン(英語版) (1798–1829)
  10. ムーア(英語版) (1800–1804)
  11. W・ジョンソン(英語版) (1804–1834)
  12. リビングストン (1807–1823)
  13. トッド(英語版) (1807–1826)
  14. デュバル(英語版) (1811–1835)
  15. ストーリー(英語版) (1812–1845)
  16. トンプソン (1823–1843)
  17. トリンブル(英語版) (1826–1828)
  18. マクレーン (1829–1861)
  19. ボールドウィン(英語版) (1830–1844)
  20. ウェイン(英語版) (1835–1867)
  21. バーバー(英語版) (1836–1841)
  22. カトロン(英語版) (1837–1865)
  23. マッキンレー(英語版) (1838–1852)
  24. ダニエル(英語版) (1842–1860)
  25. ネルソン(英語版) (1845–1872)
  26. ウッドベリー (1845–1851)
  27. グリア(英語版) (1846–1870)
  28. カーティス(英語版) (1851–1857)
  29. キャンベル(英語版) (1853–1861)
  30. クリフォード (1858–1881)
  31. スウェイン(英語版) (1862–1881)
  32. ミラー(英語版) (1862–1890)
  33. デイヴィス(英語版) (1862–1877)
  34. フィールド(英語版) (1863–1897)
  35. ストロング(英語版) (1870–1880)
  36. ブラッドリー(英語版) (1870–1892)
  37. ハント(英語版) (1873–1882)
  38. J・M・ハーラン(英語版) (1877–1911)
  39. ウッズ(英語版) (1881–1887)
  40. マシューズ(英語版) (1881–1889)
  41. グレイ(英語版) (1882–1902)
  42. ブラッチフォード(英語版) (1882–1893)
  43. L・ラマー(英語版) (1888–1893)
  44. ブルーワー(英語版) (1890–1910)
  45. ブラウン(英語版) (1891–1906)
  46. シラス(英語版) (1892–1903)
  47. H・ジャクソン(英語版) (1893–1895)
  48. E・ホワイト* (1894–1910)
  49. ペッカム(英語版) (1896–1909)
  50. マッケナ(英語版) (1898–1925)
  51. ホームズ (1902–1932)
  52. デイ (1903–1922)
  53. ムーディ (1906–1910)
  54. ラートン(英語版) (1910–1914)
  55. ヒューズ* (1910–1916)
  56. ヴァン・ドヴァンター(英語版) (1911–1937)
  57. J・ラマー(英語版) (1911–1916)
  58. ピツニー(英語版) (1912–1922)
  59. マクレイノルズ(英語版) (1914–1941)
  60. ブランダイス (1916–1939)
  61. クラーク(英語版) (1916–1922)
  62. サザーランド(英語版) (1922–1938)
  63. バトラー(英語版) (1923–1939)
  64. サンフォード(英語版) (1923–1930)
  65. ストーン* (1925–1941)
  66. O・ロバーツ(英語版) (1930–1945)
  67. カードーゾ (1932–1938)
  68. ブラック (1937–1971)
  69. リード(英語版) (1938–1957)
  70. フランクファーター (1939–1962)
  71. ダグラス(英語版) (1939–1975)
  72. マーフィー(英語版) (1940–1949)
  73. バーンズ (1941–1942)
  74. R・ジャクソン (1941–1954)
  75. W・ラトリッジ(英語版) (1943–1949)
  76. バートン(英語版) (1945–1958)
  77. クラーク(英語版) (1949–1967)
  78. ミントン(英語版) (1949–1956)
  79. J・M・ハーラン2世(英語版) (1955–1971)
  80. ブレナン (1956–1990)
  81. ウィテカー(英語版) (1957–1962)
  82. スチュワート(英語版) (1958–1981)
  83. B・ホワイト (1962–1993)
  84. ゴールドバーグ(英語版) (1962–1965)
  85. フォータス(英語版) (1965–1969)
  86. T・マーシャル (1967–1991)
  87. ブラックマン (1970–1994)
  88. パウエル(英語版) (1972–1987)
  89. レンキスト* (1972–1986)
  90. スティーブンス (1975–2010)
  91. オコナー (1981–2006)
  92. スカリア (1986–2016)
  93. ケネディ (1988–2018)
  94. スーター (1990–2009)
  95. トーマス (1991–現職)
  96. ギンズバーグ (1993–2020)
  97. ブライヤー (1994–2022)
  98. アリート (2006–現職)
  99. ソトマイヨール (2009–現職)
  100. ケイガン (2010–現職)
  101. ゴーサッチ (2017–現職)
  102. カバノー (2018–現職)
  103. バレット (2020–現職)
  104. K・ジャクソン (2022–現職)
*首席判事も務めた人物
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