ケン・ステイブラー

ケン・ステイブラー
Ken Stabler
refer to caption
2011年
基本情報
ポジション クォーターバック
生年月日 (1945-12-25) 1945年12月25日
没年月日 (2015-07-08) 2015年7月8日(69歳没)
出身地 アメリカ合衆国アラバマ州フォーリー
身長: 6' 3" =約190.5cm
体重: 215 lb =約97.5kg
経歴
大学 アラバマ大学
NFLドラフト 1968年年 / 2巡目全体52位
初出場年 1970年
初出場チーム オークランド・レイダース
所属歴
1968-1979 オークランド・レイダース
1980-1981 ヒューストン・オイラーズ
1982-1984 ニューオーリンズ・セインツ
受賞歴・記録

NFL 通算成績
TD/INT 194/222
パス獲得ヤード 27,938ヤード
パス成功率 59.8%
QBレーティング 75.3
Player stats at NFL.com
Player stats at PFR
NFL殿堂入り

ケン・ステイブラー(Ken Michael "Snake" Stabler,1945年12月25日- 2015年7月8日)は、アラバマ州フォーリー出身のアメリカンフットボール選手。ポジションはクォーターバック。NFLのオークランド・レイダース(入団時はAFL所属)、ヒューストン・オイラーズニューオーリンズ・セインツでプレーした。愛称はスネーク(The snake)。左利きである。第11回スーパーボウルの優勝QBである。勝負強いQBとしても知られており2009年にNFLフィルムズによるクラッチQBベストテンの第6位に選ばれている[1]

経歴

高校時代

ステイブラーはフットボール選手としてフォーリー高校にリクルートされた。ステイブラー在籍時のチームの通算成績は29勝1敗であった。また高校時代彼はマルチアスリートとして活躍し、バスケットボールでは1試合平均29得点をあげ、野球では投手を務め、ヒューストン・アストロズニューヨーク・ヤンキースのマイナーチームからも入団の誘いを受けた。この頃、蛇のように蛇行しながらタッチダウンランを決めるプレイスタイルから、「スネーク」というニックネームは名付けられた[2]

大学時代

ステイブラーは、有名なヘッドコーチ、ポール・ブライアント(ベア・ブライアント)率いるアラバマ大学にリクルートされ、1964年にチームの一員となった。当時のNCAAの規定では、新人選手は試合に出場できなかったので、ステイブラーは1964年のシーズンが終わるのをじっと待つことになった。このシーズン、名QBジョー・ネイマスを擁するアラバマ大学はナショナルチャンピオンシップに勝利した。

1965年のシーズン、ネイマスがAFLニューヨーク・ジェッツにドラフトされたため、ステイブラーはQBスティーブ・スローンの控えとして起用された。この年もアラバマ大は9勝1敗1分で終えてナショナルチャンピオンシップに勝利し、ネブラスカ大学とのオレンジボウルも39-28で勝利した。

1966年のシーズン、ステイブラーはQBとしてフル出場を果たした。彼の率いるチームは負け知らずの11勝無敗でシーズンを終え、ネブラスカ大とのシュガーボウルも34-7で勝利した。輝かしい記録を残したにもかかわらず、ノートルダム大学ミシガン州立大学に次ぐ全米3位に終わった。

最終学年となった1967年のシーズン、まだ完璧とは言えないものの、ステイブラーへの期待は高かった。 ブライアントはステイブラーが授業をさぼってパーティーに行くため、ステイブラーは出場停止処分を受けた[3]。アラバマ大は8勝2敗1分けを記録したものの、ライバルのテネシー大学戦ではステイブラーは5インターセプトを喫して敗れた[4]。 シーズンでは精彩を欠いていたステイブラーだったが、オーバーン大学とのアイアンボウルでは印象的な活躍をした。 大雨が降る中で行われたゲームは、3-0でアラバマ大が負けていた。 しかし、ステイブラーは泥の中を走って53ヤードの決勝タッチダウンランを決め、試合は7-3でアラバマ大の勝利に終わった。これはアラバマ大学のフットボール史上に名高い、「泥の中のラン」("Run in the Mud")である。

通算28勝3敗2分けで、ステイブラーは大学でのキャリアを終えた[2]

オークランド・レイダース

1968年、ステイブラーは当時AFLに所属していたオークランド・レイダースにドラフト2巡目で指名された[2]

1972年のプレイオフ、ピッツバーグ・スティーラーズ戦において、ステイブラーはNFLで初めて注目を浴びるようなプレーをした。当時の先発QB、ダリル・ラモニカの代わりに途中出場したステイブラーは、第4クォーター残り1分17秒に31ヤードのタッチダウンランを決めて7-6と逆転した[5][2]。試合終了間際、テリー・ブラッドショーからジョン・フッカに投げられたパスに対してジャック・テイタムの激しいヒットによりボールは大きく跳ね返り、これをフランコ・ハリスがキャッチ、逆転タッチダウンをあげてレイダースは敗れた。

詳細は「en:Immaculate Reception」を参照

その後、膝を故障したステイブラーはスクランブルを減らし、人並み外れたセンスを生かし、バックステップして正確にパスを投げる古典的なプレースタイルに転向した。ステイブラーの全盛期において彼のパスを受けていたのは、快速のクリフ・ブランチ、後にプロフットボール殿堂入りを果たしたキャッチ能力に優れたポゼッションレシーバー、フレッド・ビレトニコフ[6]、同じく殿堂入りしているTE、デイブ・キャスパーらであった[2]

レイダースの先発QBになってから、ステイブラーはAFCを代表する選手となり、プロボウル1973年から1977年まで5年連続で選出、1974年1976年にはAFC最優秀選手及びオールプロに選ばれ、1976年にはNFLトップの27タッチダウン、QBレイティング103.4も記録した[7]。またレイダースのチーム記録となる143回連続インターセプトなしの記録も保持している[2]

1974年シーズン、12勝2敗でAFC西地区優勝を果たしたチームは、11勝3敗でAFC東地区優勝を果たしスーパーボウル3連覇を狙うマイアミ・ドルフィンズ[8]と12月21日にオークランド・コロシアムでのプレーオフで対戦した。この試合開始直後のキックオフリターンでドルフィンズのナット・ムーアが89ヤードのリターンTDを決めて先制、第2Qにステイブラーからチャーリー・スミスへの31ヤードのTDパスで同点とした。前半残り時間でラリー・ゾンカ、ジム・キイク、ベニー・マローンなどのランを中心に前進したドルフィンズがガロ・イェプレミアンによるFGで3点を追加して、レイダースは7-10と3点リードされて前半が終了した。第3Qにフレッド・ビレトニコフへの13ヤードのTDパスが決まり14-10と逆転した。その後レイダースはポール・ウォーフィールドへのTDパスを決められたがトライフォーポイントババ・スミスがブロックし14-16となった。第4QにドルフィンズがFGを成功させて試合は14-19と5点差になり、残り4分54秒でレイダースが自陣17ヤードからの攻撃権を獲得した。このドライブでステイブラーはクリフ・ブランチへの72ヤードのTDパスを成功、ジョージ・ブランダもトライフォーポイントを成功させて21-19とレイダースは残り4分37秒を残して逆転した。残り2分08秒にドルフィンズはベニー・マローンの23ヤードのTDランで再び21-26とレイダースは5点差を追うこととなった。自陣32ヤードからのドライブでチームには2ミニッツ・ウォーニング及びタイムアウトが3回残っていた。フレッド・ビレトニコフへの18ヤード、20ヤードのパスなどでステイブラーはボールを前進させ、残り24秒にステイブラーはQBサックされそうになりながら3人のディフェンスに囲まれたクラレンス・デービスに8ヤードのTDパスを決めて28-26と再逆転を果たした。このプレーは「The Sea of Hands」として知られている[9]。その後のドルフィンズの攻撃も最後はフィル・ビラピアーノボブ・グリーシーのパスをインターセプトして試合は終了した[10]

1976年、レイダースは怪我人が続出し4-3ディフェンスから3-4ディフェンスに急遽変更する必要に迫られたが開幕戦でピッツバーグ・スティーラーズを破り、シーズン最後の10試合を全勝するなど13勝1敗でレギュラーシーズンを終えた。プレーオフ初戦で、レギュラーシーズンに17-48で唯一敗れた相手、ニューイングランド・ペイトリオッツと対戦した。この試合でも第3Q終了時点で10-21とリードを許したが、第4Qに際どい判定で相手ディフェンスのレイ・ハミルトンがラフィング・ザ・パサーの反則を犯したという判定を味方につけて、残り10秒ステイブラーは1ヤードのTDランを決めて24-21と勝利した[5]AFCチャンピオンシップゲームでは3連覇を狙うピッツバーグ・スティーラーズと対戦、フランコ・ハリスとロッキー・ブライアーを欠いた相手を24-7で破り、チームは第2回スーパーボウル以来9年ぶりのスーパーボウル出場を決めた[5][2]。1977年1月の第11回スーパーボウルでレイダースはオフェンスがスーパーボウル記録となる429ヤード(前半だけでこれもスーパーボウル記録の288ヤードを獲得)を獲得、ミネソタ・バイキングスを32-14で下し、チーム初のスーパーボウル制覇を果たした。ステイブラーもキャスパーへのTDパスを成功させている。

1977年12月24日のプレーオフ、ボルチモア・コルツ戦の第4クォーター残り1分を切り、28-31と3点差のビハインド、第3ダウンロングの状況でステイブラーはゴースト・トゥー・ザ・ポストとして今なお語り継がれるキャスパーへのパスを決めた。その後、エロール・マンによる同点FGが決まり試合はオーバータイムに持ち越され、最後はステイブラーからキャスパーへの10ヤードTDパスが決まり、37-31で試合に勝利した。

詳細は「en:Ghost to the Post」を参照

1978年9月10日にサンディエゴ・スタジアムで行われたサンディエゴ・チャージャーズとの試合でステイブラーのファンブルしたボールがエンドゾーン方向にこぼれ最後はデイブ・キャスパーがリカバーしタッチダウンをあげたが、論議を呼び翌年よりルール改正が行われた。 このプレーは、ホーリーローラーと呼ばれている[11]

1979年12月3日のニューオーリンズ・セインツ戦では一時14-35と21点差をつけられたが第4Qに3本のTDパスを決めてチームを逆転勝利させた[12]

レイダースに在籍した12シーズンで彼はパス成功1,486で19,078ヤードを投げて150TDパスを成功させた。

ヒューストン・オイラーズ

1980年のシーズン、ホールドアウトにより契約交渉が長引いた彼はアル・デービスレイダースオーナーがステイブラー以上の強肩のQBを欲したこともありダン・パストリーニとのトレードでヒューストン・オイラーズに移籍した[2]。オイラーズは、チームが今までピッツバーグ・スティーラーズを破りスーパーボウル出場を果たせなかった理由を、ステイブラーのようなQBの不在と見ていた。パストリーニは故障で先発QBの座をジム・プランケットに奪われ、プランケット擁するレイダースは、プレーオフでステイブラーを擁するオイラーズを下しその後第15回スーパーボウルを制した。

ステイブラーは1981年もオイラーズでプレーした。

ニューオーリンズ・セインツ

オイラーズのヘッドコーチのバム・フィリップスは、ニューオーリンズ・セインツのヘッドコーチに就任するにあたり、ステイブラーの気骨を気に入っていたため、ステイブラーを一緒に入団させた。その後、ステイブラーは3年間セインツでプレーし、1984年にNFLでのキャリアを終えた。

引退後

引退後はCBSのNFL解説者として活動し、後にアラバマ大学の試合のラジオ中継の解説を務めた[2]。2000年にはサンフランシスコ湾ベイエリアのスポーツ殿堂に選ばれている[2]

1995年、2001年に続き2008年飲酒運転の疑いで3度目の逮捕をされ[13]、解説者の座はトム・ロバーツにとってかわられた[14]。飲酒運転については後に無罪の判決が言い渡されたが、アラバマ大学は、ステイブラーを解説者として復帰させないと発表した[15]

2015年に死去した。69歳没[16]

2016年2月8日、エドワード・デバルトロ、トニー・ダンジーブレット・ファーブケビン・グリーンマービン・ハリソンオーランド・ペース、ディック・スタンフェルと共にプロフットボール殿堂入りすることが発表された[17]

人物

  • 最初の妻と1968年に結婚したが1971年に離婚、2人目の妻とは1971年から1978年までともに過ごした。女優の、Rose Molly Burch と1984年に結婚したが現在離婚協議中である。
  • 3人の娘がいるがその内2人は彼の母校アラバマ大学へ進学した[18]
  • 女性ファンと親密な関係を持つなどジョー・ネイマスボビー・レーン(英語版)のようにプレイボーイとして知られている[19]。半面、ナイトクラブジュークボックスの明かりでプレイブックを読むなど、研究熱心な性格でも知られている。
  • 1974年彼はワールド・フットボール・リーグ(英語版)(WFL)のバーミングハム・アメリカンズ(英語版)からのドラフト指名を受けた[20]。南部で生まれ育った彼はこの指名を大いに喜んだがWFLでプレーすることはなく、同リーグは1975年に解散することとなった。
  • オイラーズ時代、「ステイブラーの蛇毒」なる清涼飲料が売り出されたことがある。ステイブラーの自叙伝によると、「まさに名前の通りの味」がしたという。
  • 先発QBとして150試合目で100勝に到達し、それまでの最速記録であったジョニー・ユナイタスの153試合の記録を塗り替えた。この記録は後にジョー・モンタナトム・ブレイディに塗り替えられたが、今なお歴代3位の記録であり[21]、左投げのQBとしては最速記録である。またレイダースのQBとして最多勝記録を保持している[22]
  • 1970年代のオールディケイドチームに選出されているQBで唯一殿堂入りしていないがフィールド外のスキャンダルが主原因と考えられている[23]。(他の二人はテリー・ブラッドショーロジャー・ストーバック)。殿堂選考委員会の一員であるスポーツ・イラストレイテッドのポール・ジマーマンは自分が生きている間、ステイブラーの殿堂入りには反対すると述べている[19]
  • プロレスラーのジェイク・ロバーツは大のフットボールファンであり、ステイブラーのニックネーム、スネークをもらい自らのニックネームとした[24]
  • 晩年は記憶障害や頭痛等の症状に悩まされていたため、死後本人の希望でボストン大学に遺体が献体され、脳にCTEを患っていたことが判明した[25]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ “Top Ten Clutch QBs: Ken Stabler”. NFLフィルムズ (2009年6月3日). 2011年1月22日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j “Ken Stabler”. raidersonline.org. 2011年1月21日閲覧。
  3. ^ “Bear Bryant 'simply the best there ever was'”. ESPN. 2011年1月22日閲覧。
  4. ^ “GAME - BY - GAME IN 1967” (PDF). rolltide.com. 2011年1月22日閲覧。
  5. ^ a b c “Raiders Flashabck: 1/9/77”. silverandblackpride.com (2010年1月9日). 2011年1月22日閲覧。
  6. ^ “Top Ten Pass Combos: Ken Stabler and Fred Biletnikoff”. NFLフィルムズ (2008年3月19日). 2011年1月22日閲覧。
  7. ^ “pro-football-reference.com”. pro-football-reference.com. 2011年1月22日閲覧。
  8. ^ 第6回スーパーボウルからの4年連続出場も目指していた。
  9. ^ Brian Ditullio (2010年12月2日). “Dolphins Vs. Raiders (Sea Of Hands)”. bleacherreport.com. 2013年8月4日閲覧。
  10. ^ “QB Ken Stabler and RB Clarence Davis make history with a throw and catch to defeat the Dolphins...”. raiders.com (2010年12月21日). 2011年1月22日閲覧。
  11. ^ “The "Holy Roller"”. プロフットボール殿堂. 2015年3月9日閲覧。
  12. ^ “Oakland Raiders 42 at New Orleans Saints 35 Monday, December 3, 1979”. pro-football-reference.com. 2011年1月22日閲覧。
  13. ^ “Ex-Raiders star Stabler arrested on third DUI charge”. ESPN (2008年6月9日). 2011年1月22日閲覧。
  14. ^ “Stabler leaves UA radio job”. Huntsville Times (2008年7月22日). 2011年1月22日閲覧。
  15. ^ “Tide: Stabler won't return to broadcasts”. ESPN (2009年4月16日). 2011年1月22日閲覧。
  16. ^ “史上最高のサウスポー、元レイダースQBステイブラー氏が死去”. NFL JAPAN (2015年7月10日). 2015年7月10日閲覧。
  17. ^ “CLASS OF 2016”. プロフットボール殿堂 (2016年2月8日). 2016年2月8日閲覧。
  18. ^ “CATCHING UP WITH KENNY STABLER Avoiding Snake eyes Mature, content Stabler thinking of others today”. サンフランシスコ・クロニクル (2005年6月5日). 2011年1月22日閲覧。
  19. ^ a b “Ken Stabler: Hall of Shame?”. bleacherreport.com (2009年3月18日). 2011年1月22日閲覧。
  20. ^ “1974 Birmingham Americans”. wfl.charlottehornetswfl.com. 2011年1月22日閲覧。
  21. ^ “Pats put away Chargers for fourth Super Bowl berth in seven years”. ESPN (2008年1月20日). 2011年1月22日閲覧。
  22. ^ “The 10 Best Former Raiders Who Belong In the Hall of Fame”. bleacherreport.com (2010年10月16日). 2011年1月22日閲覧。
  23. ^ “Top Ten Not in HOF: Ken Stabler”. NFLフィルムズ (2008年7月29日). 2011年1月22日閲覧。
  24. ^ “LegendsL Jake ‘The Snake’ Roberts!”. prowrestlingdaily.com (2008年3月10日). 2011年1月22日閲覧。
  25. ^ “Ex-NFL player Ken Stabler had concussion disease CTE, doctor says”. edition.cnn.com/ (2016年2月3日). 2016年2月26日閲覧。

関連項目

外部リンク

  • 公式ウェブサイト (英語)
  • 通算成績と情報 NFL.com, or Pro-Football-Reference (英語)
  • "Broadway" Joe Namath V.S. Ken "Snake" Stabler: The Hall Of Fame Snub! (英語)
  • Left Handed Quarterbacks, through 2006 (英語)
  • ケン・ステイブラー - IMDb(英語)
ラスベガス・レイダース先発QB
  • オークランド・レイダース(1960–1981, 1995–2019)
  • ロサンゼルス・レイダース(1982–1994)
1960年代
  • フローレス
  • パリリ
  • デビッドソン
  • エニス
  • ハインリック
  • ウッド
  • ラモニカ
  • ブランダ
  • 1970年代
    • ステイブラー
    • ローレンス
    • レイ
    1980年代
    1990年代
    2000年代
    • マイアー
    • トゥイアソソポ
    • コリンズ
    • ブルックス
    • ウォルター
    • マカウン
    • カルペッパー
    • ラッセル
    • グラドコウスキー
    • フライ
    2010年代
    2020年代
    年代の分類は初先発のシーズンによる
    テネシー・タイタンズ先発QB
    • ヒューストン・オイラーズ(1960–1996)
    • テネシー・オイラーズ(1997–1998)
    1960年代
  • ブランダ
  • リー
  • べサード
  • 1970年代
    • ジョンソン
    • パストリーニ
    • ディッキー
    • ヘイドル
    1980年代
    • ステイブラー
    • マニング
    • ニールセン
    • ラック
    • ムーン
    • カールソン
    • リチャードソン
    1990年代
    2000年代
    • ボーレック
    • モック
    • ヤング
    • コリンズ
    2010年代
    2020年代
    年代の分類は初先発のシーズンによる
    ニューオーリンズ・セインツ先発QB
    1960年代
    • コゾー
    • キルマー
    • スウィータン
    • サウス
    1970年代
    • ハーゲット
    • マニング
    • スコット
    • チパ
    • ダグラス
    1980年代
    • D.ウィルソン
    • ステイブラー
    • メルケンス
    • トッド
    • エイビア
    • フォーケイド
    1990年代
    • ウォルシュ
    • W.ウィルソン
    • バック
    • エバレット
    • ナスマイアー
    • シューラー
    • ホバート
    • ワーフェル
    • コリンズ
    • トリバー
    • デローム
    2000年代
    • ブレイク
    • ブルックス
    • バウマン
    • ブリーズ
    • ブルネル
    2010年代
    2020年代
    年代の分類は初先発のシーズンによる
     
    業績
    スーパーボウル・チャンピオン先発QB
    1960年代
    1970年代
    1980年代
    1990年代
    2000年代
    2010年代
    2020年代
    AP通信NFL最優秀選手賞
    1950年代
    1960年代
    1970年代
    1980年代
    1990年代
    2000年代
    2010年代
    2020年代
    1970年代
    1980年代
    1990年代
    2000年代
    2010年代
    2020年代
    NFLパサーレイティング1位(英語版)
    1930年代
    • 36 A.ハーバー(英語版)
    • 37 E.ダノウスキ(英語版)
    • 38 E.ダノウスキ(英語版)
    • 39 P.ホール(英語版)
    1940年代
    • 40 S.ボウ
    • 41 S.ラックマン(英語版)
    • 42 C.イスベル(英語版)
    • 43 S.ラックマン(英語版)
    • 44 F.フィルコック(英語版)
    • 45 S.ボウ
    • 46 S.ラックマン(英語版)
    • 47 S.ボウ
    • 48 T.トンプソン(英語版)
    • 49 T.トンプソン(英語版)
    1950年代
    • 50 N.バンブルックリン(英語版)
    • 51 B.ウォーターフィールド(英語版)
    • 52 T.ロート(英語版)
    • 53 O.グレアム
    • 54 A.バーク(英語版)
    • 55 O.グレアム
    • 56 E.ブラウン(英語版)
    • 57 T.オコネル(英語版)
    • 58 J.ユナイタス
    • 59 C.コナーリー(英語版)
    1960年代
    1970年代
    1980年代
    1990年代
    2000年代
    2010年代
    2020年代
    NFLパッシングタッチダウン1位(英語版)
    1930年代
    • 32 A.ハーバー(英語版)
    • 33 H.ニューマン(英語版)
    • 34 A.ハーバー(英語版)
    • 35 E.ダノウスキ(英語版)
    • 36 A.ハーバー(英語版)
    • 37 B.マスターソン(英語版)
    • 38 B.モネット(英語版)
    • 39 F.フィルチョック(英語版)
    1940年代
    • 40 S.ボウ
    • 41 C.イスベル(英語版)
    • 42 C.イスベル(英語版)
    • 43 S.ラックマン(英語版)
    • 44 F.フィルチョック(英語版)
    • 45 S.ラックマン(英語版) / B.ウォーターフィールド(英語版)
    • 46 S.ラックマン(英語版) / B.ウォーターフィールド(英語版)
    • 47 S.ボウ
    • 48 T.トンプソン(英語版)
    • 49 J.ルジャック(英語版)
    1950年代
    • 50 G.ラターマン(英語版)
    • 51 B.レーン(英語版)
    • 52 J.フィンクス(英語版) / O.グレアム
    • 53 B.トマソン(英語版)
    • 54 A.バーク(英語版)
    • 55 Y.A.ティトル(英語版) / T.ロート(英語版)
    • 56 T.ロート(英語版)
    • 57 J.ユナイタス
    • 58 J.ユナイタス
    • 59 J.ユナイタス
    1960年代
    • 60 J.ユナイタス
    • 61 S.ジャーゲンセン(英語版)
    • 62 Y.A.ティトル(英語版)
    • 63 Y.A.ティトル(英語版)
    • 64 F.ライアン(英語版)
    • 65 J.ブロディ
    • 66 F.ライアン(英語版)
    • 67 S.ジャーゲンセン(英語版)
    • 68 E.モラル(英語版)
    • 69 R.ガブリエル(英語版)
    1970年代
    1980年代
    1990年代
    2000年代
    2010年代
    2020年代
    ヒコックベルト(全米最優秀アスリート賞)
    1950年代
    1960年代
    1970年代
    2010年代
    2020年代
    1977年から2011年まで中断
    NFL1970年代オールディケードチーム
    QB
    RB
    WR
    TE
    OL
    • ダン・ディーアドルフ(英語版)
    • アート・シェル(英語版)
    • レイフィールド・ライト(英語版)
    • ロン・ヤーリー(英語版)
    • ジョー・ドゥラムリア
    • ジョン・ハナ
    • ラリー・リトル(英語版)
    • ジーン・アップショー(英語版)
    • ジム・ランガー(英語版)
    • マイク・ウェブスター
    DL
    LB
    DB
    • ウィリー・ブラウン
    • ジミー・ジョンソン(英語版)
    • ロジャー・ウェールリ(英語版)
    • ルイス・ライト(英語版)
    • ディック・アンダーソン(英語版)
    • クリフ・ハリス(英語版)
    • ケン・ヒューストン(英語版)
    • ラリー・ウィルソン
    ST
    HC
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