ロイック・ビゴワ

ロイック・ビゴワ

Loïc Bigois
生誕 (1960-09-19) 1960年9月19日(63歳)
フランスの旗 フランス
エクス=アン=プロヴァンス
国籍 フランスの旗 フランス
業績
専門分野 フォーミュラ1 (1990– )
勤務先 スクーデリア・フェラーリ

ロイック・ビゴワLoïc Bigois, 1960年9月19日 - )[1]は、F1スクーデリア・フェラーリの空力設計主任(チーフエアロダイナミシスト)である。

経歴

フランスブーシュ=デュ=ローヌ県エクス=アン=プロヴァンス出身。

パリの国立工芸学院(CNAM, Conservatoire national des arts et)で工学を学び、空気力学を専攻した後、フランスの航空宇宙産業のメッカであるトゥールーズに移り、小型のターボガスタービンを開発している会社で空力専門家として働き始めた[2]

1990年末に、フランク・ダーニーの指揮の下で技術部門を再編していたリジェチームに採用され、空力部門の設計主任となった。

その後、1992年の不振に消沈したチームオーナー、ギ・リジェがシリル・ド・ルーブルにチームを売却して以降、技術部門でも離脱などが相次ぎ、フランク・ダーニーに代ってテクニカルディレクターとなった往年の名エンジニア、ジェラール・ドゥカルージュ(Gerard Ducarouge)が、新オーナーのフラビオ・ブリアトーレに更迭されたあたりでリジェの技術部門の状況は混迷を極め、ザウバーからマイク・ガスコインの後任としての仕事が舞い込んだ機会を捕らえて、ビゴワはリジェを一時去り、ザウバーのテクニカルディレクター(技術監督)であるアンドレ・デ・コルタンツの下で働くようになった。

1995年の半ばには、ブリアトーレに代ってオーナーとなったトム・ウォーキンショウにより、デ・コルタンツがリジェに招聘され、ビゴワもコルタンツに従ってリジェに復帰し、1996年型シャシーJS43を手がけた。

1996年の半ば、ウォーキンショウは自身のチームとしたアロウズを強化するため、リジェからエンジニアの多くを引き上げたが、ビゴワはこれに従わず、結果として、リジェチームの最後を担った。

ほどなく、リジェチームがアラン・プロストによって買収されたが、翌年以降も空力担当を務め、1999年にアラン・ジェンキンスがテクニカルディレクターとして加入すると、ビゴワはチーフデザイナーに昇格し、翌2000年はプロストチームの副テクニカルディレクターとなった。

オリビエ・パニス駆るAP01(1998年)

プロスト時代の作品は、事実上自らが指揮したマシンとなった。1997年こそ一定の結果を残したが、1998年のレギュレーションの変更に対応したマシンの開発に失敗し成績は低迷。その年以降のマシンも結果を残せず、1997年から2001年までのプロストでの日々は評価を落とす結果となった。また、全期間を通じて戦闘力のあるマシンを開発出来たとは言えず、事実上失敗作と見られることが多く、むしろチームの足を引っ張ってしまった面もあった。

ただ、擁護するなら1999年以降はプロストチーム内の混乱によってマシン開発にも混乱が生じ、資金不足を筆頭にビゴワ以外の要因でチームが苦しんだ面もあった。ビゴワ自身は2001年にマクラーレンから移籍してきた空力の専門家アンリ・デュランがテクニカルディレクターに就任したことにより首をすげ替えられるという形でチームを去った。だが、ビゴワが去って1年と経たず、2001年末にはプロストチームは消滅し、ビゴワはリジェ時代から長い期間を過ごしたチームを完全に失い、リジェ時代からの献身的な働きは報われることがなかった。

プロストを去ってから、2002年から2003年半ばにかけて空力設計主任としてミナルディに在籍した後、2003年夏にウィリアムズチームに移籍。2004年11月に更迭されたアントニア・テルッツィに代って同チームの空力設計主任となった。

ジェンソン・バトン駆るBGP001(2009年)

2007年、ウィリアムズからホンダに移籍[3]、同チームの空力設計主任となる。ホンダのF1撤退に伴いチームはブラウンGPとして生まれ変わったが引き続き在籍した。

2009年、彼が手がけたBGP001は高い競争力を発揮し、ドライバーズ及びコンストラクターズの両チャンピオンシップを獲得した。この功績が評価され2009 Dino Toso Racecar Aerodynamicist of the Yearを受賞した[4]

その後チームがメルセデスGPとなってからも在籍していたが、2012年[5]フェラーリに移籍し同チームの空力設計主任となった[6]

その他

趣味は「風洞テスト」である。[1]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ “Loic Bigois”. OldRacingCars.com. 2022年12月20日閲覧。
  2. ^ “ロイック・ビゴワ - people”. grandprix.com. 2022年12月20日閲覧。
  3. ^ “ホンダ、技術者採用活動を継続”. formula1.com (2007年7月2日). 2007年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月20日閲覧。
  4. ^ “Dino Toso アワードを受賞”. F1Technical.net. (2009年11月25日). http://www.f1technical.net/news/13809 2011年1月27日閲覧。 
  5. ^ “メルセデス、ビゴワのチーム離脱を確認” (2012年5月27日). 2022年12月17日閲覧。
  6. ^ “フェラーリ、ビゴワと契約”. www.motorsport.com. 2012年5月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月20日閲覧。

関連項目

外部リンク

  • ブラウンGPによる紹介(英語・PDFファイル)
  • ブラウンGP公式サイト(英語)
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ
チーム首脳
チームスタッフ
  • イタリアの旗 ディエゴ・イオベルノ(英語版) (スポーティングディレクター)
  • イタリアの旗 エンリコ・カルディール(英語版) (車体開発責任者)
  • フランスの旗 ロイック・ビゴワ (チーフエアロダイナミシスト)
  • イギリスの旗 ラビン・ジェイン (ストラテジーディレクター)
  • イギリスの旗 ジョック・クリア (FDAコーチ)
  • 南アフリカ共和国の旗 ロリー・バーン (開発アドバイザー)
  • スペインの旗 イニャキ・ルエダ(英語版) (前ストラテジーディレクター)
F1ドライバー
F1車両
主なスポンサー
関連組織
※役職等は2023年3月時点。
  • 過去のチーム関係者
F1チーム関係者
創設者
主なチーム首脳
主なスタッフ
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1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
※年代と順序はフェラーリで初出走した時期に基づく。 ※フェラーリにおいて優勝したドライバーを中心に記載。太字はフェラーリにおいてドライバーズワールドチャンピオンを獲得。斜体はフェラーリにおいて優勝がないものの特筆されるドライバー。
  • スポーツカーレース
  • Template:スクーデリア・フェラーリ (スポーツカーレース) を参照。
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2010年 - 現在
ワークスチーム
チーム首脳
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元関係者
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過去のドライバー
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現在のスポンサー
関連組織
1994年 - 現在
エンジン/PU供給
関係者
  • イギリスの旗 ハイウェル・トーマス (マネージングディレクター)
  • ドイツの旗 マーカス・シェーファー(ドイツ語版) (HPP社取締役会会長 / メルセデス・ベンツ・グループ取締役{開発部門責任者})
元関係者
供給先
関連組織
1952年 - 1955年
ワークスチーム
主な関係者
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  • 300SLR (W196S)
関連組織
関連項目
※役職等は2024年2月時点。 ※太字のドライバーはメルセデスにおいてドライバーズワールドチャンピオンを獲得。
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第五期
2026年 -
パワーユニット供給
主な関係者

(TBD)

第五期



供給先
関連組織
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2022年 - 2025年
パワーユニット供給
主な関係者
元関係者
供給先
関連組織
第四期
2015年 - 2021年
パワーユニット供給
主な関係者
第四期
供給先
関連組織
第三期
2006年 - 2008年
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2000年 - 2008年
エンジン供給
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  • 日本の旗 福井威夫
  • 日本の旗 和田康裕(英語版)
  • 日本の旗 村松慶太(英語版)
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イギリスの旗 HRF1※1
第三期


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車両
関連組織
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1992年 - 2000年
エンジン供給
主な関係者

エンジン
供給先
関連組織
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試作・試走のみ
主な関係者
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主な関係者
第二期
エンジン
供給先
関連組織
関連項目
第一期
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日本の旗 本田技術研究所
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関連項目
関連項目
※ 第2期・第3期・第4期の「主な関係者」は、基本的に各部門の「長(ディレクター)」以上にあたる人物のみに絞って記載(多数に及ぶため)。
※ 「関連組織」の( )には略称、[ ]には関連する下部組織を記載。
※1 ホンダ本社の役職者と本田技術研究所の人物を除く(兼務者が多数に及ぶため)。
※2 ホンダ所有のサーキット。第1期と第2期に主要なテストコースとして用いられた。
※3 ホンダ所有の展示施設。第1期から第4期の車両を所蔵(基本的に動態保存)している。
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チーム首脳
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主なスタッフ/関係者
現在のドライバー
F1車両
現在のPUサプライヤー
現在のスポンサー
※役職等は2023年時点。
  • 過去のチーム関係者
元チーム関係者
創設者
チーム首脳
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1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
※年代と順序はウィリアムズで初出走した時期に基づく。 ※ウィリアムズにおいて優勝したドライバーを中心に記載。太字はウィリアムズにおいてドライバーズワールドチャンピオンを獲得。斜体はウィリアムズにおいて優勝がないものの特筆されるドライバー。
  • F1以外の車両 ※関与のみの車両も含む。
F2
プロトタイプ
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ツーリングカー
  • 過去の関連組織
タイトルスポンサー
エンジンサプライヤー
  • 前身
  • Template:フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ を参照。
イタリアの旗 ミナルディ
ヨーロピアン
ミナルディ
2001年 - 2005年
主なチーム関係者
主なドライバー
車両
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  • ヨーロピアン航空(英語版)
  • スーパーファンド(英語版)
  • ウィラックス
  • Ozジェット(英語版)
ミナルディ
1985年 - 2000年
創設者
主なチーム関係者
主なドライバー
車両
F2車両
  • GM75
  • 281
  • 281B
  • M283
主なスポンサー
関連組織
フランスの旗 プロスト・グランプリ
創設者
主なチーム関係者
主なドライバー
車両
主なスポンサー
フランスの旗 リジェ
創設者
主なチーム関係者
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F1マシン
F3マシン
  • JS47(英語版)
  • JSF3(英語版)
スポーツカー
  • JS2
  • JS2R(英語版)
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