香害

デオドラント製品
人の鼻の構造

香害(こうがい、かおりがい)とは、様々なにおい(香り成分)に起因し、頭痛吐き気アレルギー、ストレス障害等、化学物質過敏症などの症状が誘発されることである[1][2][3][4][5][注 1]

空気中に漂うため香り成分によるいわば公害であることから、「公害」をもじって「香害」と呼ばれるようになった。柔軟剤合成洗剤における発生要因として、香料成分をマイクロカプセル化した残香性の高い製品や[6]、洗濯時に香りが強く残る柔軟剤を使用することなどがある[7]

歴史

日本では2000年代半ば頃から香りの強い柔軟剤が普及したことにより、この種の苦情が国民生活センター全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO-NET)や日本消費者連盟に多く寄せられるようになった[8][9]。2013年には国民生活センターが情報提供を行っている[10][11]

2014年、静岡県環境衛生科学研究所により、柔軟剤の香り成分の含有量、使用量の変化に伴うタオルへの香り成分残存量と香りの強さに関する商品テストが実施され、柔軟剤の香り成分には海外の化粧品に関する法令でアレルギー物質として表示が義務付けられている成分や、揮発性有機化合物(VOC)である成分が使用されていることが判明した[12]。また、同年、国立医薬品食品衛生研究所生活衛生化学部の研究グループにより、市販の高残香性衣料用柔軟仕上げ剤20製品を対象として、それぞれの製品から抽出した揮発性の成分を評価した。その結果、うち18製品が侵害受容器であるTRPイオンチャネルの一種TRPA1の活性化を、対照群の2倍以上引き起こすことが明らかとなり、柔軟仕上げ剤中の香料成分がTRPイオンチャネルの活性化を介して、気道過敏性の亢進を引き起こす可能性が示唆された[13][14]。なお、現在では、そのTRPA1の活性化が、炎症疼痛の発生、呼吸器症状や循環器症状および神経毒性に関与することが、近年の研究により明らかになってきている[15]

令和元年(2019年)5月、「香害をなくす連絡会」を組織している日本消費者連盟は使用禁止を求める提言を出した[16][17]。また、2021年7月には香害被害者とその支援者が「カナリア・ネットワーク全国」が発足した[18]。香りへの反応は個人差が大きく、常用者(依存症者)には他者が不快と感じることに理解が得られにくい事から、近隣トラブルへの発展や、職場内では転職・退職に追い込まれることもある[18]欧州では規制が始まっているものの[19][20]、日本では発生メカニズムに未解明の部分が多いとして、2022年4月時点では啓発活動にとどめ商品規制には踏み込んでいない[18]。ただ、国会や地方議会では議論されるようになっている[21][22][23][24]

法律

公共の場所における香りの禁止

喫煙については公共の場所では世界的に禁止になりつつあるが、香りについては個人の判断に委ねられている地域がほとんどである。カナダハリファックスでは2000年にいわゆる香水禁止条例が制定されており、学校、図書館、裁判所のほか、職場や劇場、店舗など公共の建物全てにおいて、香水の使用が禁止されている[25]。日本においては香料自粛のお願いの取り組みをしている自治体に大阪府大阪狭山市阪南市、広島県海田町、岐阜県岐阜市がある[26]。この他、自治体へ質問書などが送られているものもある[27][28]。この他、店の判断で入店を断る例も出てきている[29]

ヨーロッパ

ヨーロッパでは、2005年3月11日から、アレルゲンとなる香料26物質の表示義務が施行された[30]

香りによる健康被害

健康被害

精油アロマテラピー)の健康被害に関しては、成人はもとより、低年齢層、特に乳幼児への使用は危険なリスクがあることがわかっており[31]呼吸器疾患頭痛副鼻腔炎アレルギーなどを誘発させることもあり、香りが呼吸器疾患の主因となる可能性も示唆されている。気道感染を起こした幼児がミント精油に含まれるメントール(ハッカ脳)入り軟膏を治療に使用したところ、多くの症例で呼吸器に強い痛みが生じ、少数ではあるがチアノーゼも認められた。

アトピー型喘息患者の査読論文によれば、ある種の香料が喘息反応を引き起こすことが確認されている[32]。多くの香料成分は、頭痛、アレルギー性皮膚反応[33]、吐き気[34][35][36]もまた引き起こすことがある。場合によっては、香水の過剰使用はアレルギー性皮膚炎を引き起こすことがある。 例えば、アセトンアセトフェノンなどである[37]

また、発癌性アレルゲンが指摘されている物について、欧州連合(EU)の消費者安全科学委員会(SCCS, formerly the SCCNFP [38])など様々の機関による調査報告がなされ、EU Cosmetics Regulation (Entry 102, Annex III of the EU Cosmetics Regulation)[39]や国際フレグランス協会等によって制限・規制されている[40]

日常生活

繰り返す咳や目眩、吐き気、頭痛、呼吸器疾患を引き起こす場合があり、「神経質な人認定された」など学校や会社での無理解に苦しむ人もいる[41][42]

動物・虫への害

人間に害が無い場合でも、防虫剤のように他の生物に影響を与える場合もある。ペットの健康被害も発生している[43][44]

環境問題

大量に使われている合成ムスクが環境中に放出され、海底などからも検出されている[45]

スメルハラスメント

悪臭により周囲を不快にさせるハラスメントスメルハラスメント(スメハラ)という[46][47]

対処

  • 香料の残香が漂う空間であれば、急須で淹れた緑茶で湿らせたタオルを軽く絞り、タオルの端を片手で持ち、グルグルとしばらく回すことにより、臭気を減らすことができる[48]
  • きわめて応急処置にすぎないが、香料の記憶をリセットしたい時は、コーヒー豆の匂いを嗅ぐと正常な嗅覚を取り戻しやすくなる[49]

脚注

注釈 

出典 

  1. ^ 吹角隆之「トピックス4. 皮膚科領域におけるアレルギーと環境因子 : 化学物質過敏症への環境医学的アプローチとその皮膚症状について(XVI.環境因子とアレルギー,専門医のためのアレルギー学講座)」 『アレルギー』2014年 63巻 10号(日本アレルギー学会)pp.1304-1310, doi:10.15036/arerugi.63.1304
  2. ^ 香害 コトバンク
  3. ^ 日本で「鼻戦争」が勃発―香り付き柔軟剤に苦情も ウォール・ストリート・ジャーナル日本版(2013年12月13日)
  4. ^ 柔軟剤などの「香害」で体調不良、学校現場の制汗剤でも発生…消費者団体が強い危機感 弁護士ドットコム(2017年12月30日)
  5. ^ 人工香料「私には毒ガスのよう」 化学物質過敏症の苦しみ知って、症状ある人たちの思い 京都新聞
  6. ^ 岡田幹治:香りマイクロカプセルで「香害」拡大 日消連などが使用禁止求める 週刊金曜日オンライン(2016年7月15日)
  7. ^ 人工的な香りを嗅いで体調不良になったことがある女性は32% - 症状は? マイナビニュース 2016/07/15
  8. ^ 柔軟剤で頭痛やめまい?広がる「香害」の実態 きっかけは海外企業が投入した新商品だった 東洋経済ONLINE(2017年11月18日)2018年10月3日閲覧
  9. ^ キレイ好きが病を招く “香害”深刻化の背景とは?週刊朝日AERA dot(2019年4月2日)2022年4月29日閲覧
  10. ^ 柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供 (PDF) 独立行政法人国民生活センター(2013年9月19日)
  11. ^ 「香害」被害者の声を聞いて 読売新聞ヨミドクター(2020年7月8日)2022年4月29日閲覧
  12. ^ ちょっと気になる『柔軟剤の香り成分』-静岡県環境衛生科学研究所 2014年6月
  13. ^ 香川(田中)聡子, 大河原晋, 田原麻衣子 ほか「家庭用品中の香料成分によるヒト侵害受容器TRPA1の活性化」『日本毒性学会学術年会』第41回日本毒性学会学術年会 セッションID:P-163, 2014年, doi:10.14869/toxpt.41.1.0_P-163
  14. ^ 『JEPAニュース』Vol.98 “におい”シンポ 報告講演②柔軟剤から揮発する化学物質......神野透人 2016年4月
  15. ^ Transient Receptor Potential A1 (TRPA1) Cation Channels: Fluttering Hearts, Headaches and Hot Flashes—Can One “Environmental Sensor” Be the Cause of All the Pain? 米国毒性学会学術年会ワークショップ2016
  16. ^ 【緊急提言】G20に向け 家庭用品へのマイクロカプセルの使用禁止を求める緊急提言(2019年5月10日)
  17. ^ 香りマイクロカプセルで「香害」拡大。日消連などが使用禁止求める 週刊金曜日
  18. ^ a b c 「香害」つらさ知って 人工的な香りで体調不良 柔軟剤?原因解明されず 日本経済新聞ニュースサイト(2022年4月20日)2022年4月29日閲覧
  19. ^ 香りブームの裏で、懸念される「香害」と「マイクロカプセル」による健康被害
  20. ^ 洗剤・柔軟剤などに含まれる「香りマイクロカプセル」が、環境だけでなく人体にも悪影響を及ぼす!?
  21. ^ 第198回国会 消費者問題に関する特別委員会 第4号(令和元年6月14日(金曜日))
  22. ^ 令和元年9月定例会 「文教委員長報告」
  23. ^ 新しい公害「香害」の啓発を~決算特別委員会質疑より
  24. ^ 横浜市へ「香害」へ取り組みを提案。〜2019年度予算議会
  25. ^ “バス運転手に乗車拒否された女性、理由は「香水」 - カナダ”. フランス通信社(AFP). (2007年3月29日). https://www.afpbb.com/articles/-/2203342 2017年5月2日閲覧。 
  26. ^ 「香料自粛のお願い」~近くの公共施設、病院にお願いをしてみませんか。
  27. ^ 熊谷市長 富岡清様 ディフューザー(芳香拡散器)使用についての質問書
  28. ^ 厚木市長 小林常良様 ディフューザー(芳香拡散器)使用についての質問書
  29. ^ 「香害」に苦しむ人たち 体調不良でレストラン営業休止も
  30. ^ "DIRECTIVE 2003/15/EC"
  31. ^ “香りを扱う仕事で考える、「香害」問題について”. 湘南鎌倉アロママン 真木真奈 (2022年4月14日). 2022年4月14日閲覧。
  32. ^ “Inhalation challenge effects of perfume scent strips in patients with asthma”. Ann. Allergy Asthma Immunol. 75 (5): 429–33. (November 1995). PMID 7583865. 
  33. ^ “Patch testing with a new fragrance mix – reactivity to the individual constituents and chemical detection in relevant cosmetic products”. Contact Derm. 52 (4): 216–25. (April 2005). doi:10.1111/j.0105-1873.2005.00563.x. PMID 15859994. 
  34. ^ Deborah Gushman. “The Nose Knows”. www.hanahou.com. 2008年5月7日閲覧。
  35. ^ “Evaluation of carcinogenic potential of two nitro-musk derivatives, musk xylene and musk tibetene in a host-mediated in vivo/in vitro assay system”. Anticancer Res. 22 (5): 2657–62. (2002). PMID 12529978. 
  36. ^ “Evaluation of health risks caused by musk ketone”. Int J Hyg Environ Health 203 (4): 293–9. (May 2001). doi:10.1078/1438-4639-00047. PMID 11434209. 
  37. ^ Burr, Chandler (2008). The Perfect Scent: A Year Inside the Perfume Industry in Paris & New York. Henry Holt and Co. ISBN 978-0-8050-8037-7.
  38. ^ Scientific Committee on Consumer Safety (SCCS) | Scientific Committees
  39. ^ http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=CONSLEG:2009R1223:20130711:en:PDF
  40. ^ standards – IFRA International Fragrance Association – in every sense
  41. ^ 「ダウニーおばさん」「柔軟剤テロ」、人工香料で体調不良「香害」被害者から怨嗟の声
  42. ^ 柔軟剤などの「香害」で体調不良、学校現場の制汗剤でも発生…消費者団体が強い危機感
  43. ^ 山本宗伸「猫がいる家でアロマをたくと命にかかわる!? 獣医師が解説」マイナビニュース 参照日:2018.6.9.)
  44. ^ ペットのインコが「アロマ」で急死... 注意喚起ツイートに反響、獣医も危険性を指摘 J-castニュース(2018年1月29日更新)2018年6月9日閲覧
  45. ^ “Synthetic Musk Fragrances in Lake Erie and Lake Ontario Sediment Cores”. Environ. Sci. Technol. 40 (18): 5629–35. (September 2006). doi:10.1021/es060134y. PMC 2757450. PMID 17007119. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2757450/. 
  46. ^ “酒が口臭を強める? 自分では気付かない「スメハラ」”. 日経Gooday 30+ (2016年1月4日). 2016年4月1日閲覧。
  47. ^ 佐伯真也 (2018年1月15日). “あなたのにおいもハラスメント”. 日経ビジネス. 2019年2月6日閲覧。 『日経ビジネス』2018年1月15日号
  48. ^ “用意するのはお茶!ミタゾノ、不倫の痕跡を消すタオルぶん回しテク公開”. テレビ朝日 (2018年4月27日). 2023年8月15日閲覧。
  49. ^ “香水店にコーヒー豆が置いてある理由”. カメヤマ珈琲 (2010年8月4日). 2023年8月15日閲覧。

関連書籍

  • 岡田幹治『香害 そのニオイから身を守るには』金曜日2017年4月
  • 古庄弘枝『マイクロカプセル香害 ─柔軟剤・消臭剤による痛みと哀しみ』2019年4月25日

関連項目

外部リンク

  • 香害|日本消費者連盟|すこやかないのちを未来へ
  • 日本に新しい公害が生まれています
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